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数年前まで私は、いわゆる『村の売れ残り』だった。
結婚適齢期に入っても誰にも目をかけて貰えず、周囲からの評価は『いい子なんだけどね』ばかり。歳月が経過しても、歳を重ねたせいで言い回しが少し変化し『いい人なんだけどね』と言われる様になっただけで、誰とも、結婚どころかお付き合いにすら発展しないまま三十歳目前になってしまった。十代後半にはもう結婚する世の中で、この年齢はもう完全に『行き遅れ』だ。
でも、両親がとても夫婦仲の良い家庭で育った影響もあってか、自分もいつかは結婚して『幸せな家庭』を作ってみたかった。そのために家事も料理も頑張って覚えたし、時代錯誤では?と周囲に思われようが、必死だった事もあってか、夫をたてる術もそれなりには学んでもみた。いわゆる『良妻賢母』とまではいかなくとも、それに近い者を少しでも目指そうと、年若い頃から頑張っていた方だと思う。
だが……残念ながら、私には『華』が無かった。
とにかく地味なのだ。特徴が無い。自分をどんな人か説明してみてと言われても、返せる言葉は『ヤギの獣人である』くらいだ。平均的な身長、平凡な体型、唯一自慢の髪色なんかはクリーム色で鮮やかな色合いとは言えず、ぼんやりとして見えてしまうらしい。顔ものっぺりとしていてインパクトに欠ける。胸だけは人よりもちょっと大きめだが、農作業をする事を考えるとこんなモノは肩がこる邪魔な塊だ。せめて性格が明るいとか、話していて楽しいとかならまた何かしら救いがあるのだろうが、悲しい事にそれも無い。
テンプレ的ただの『いい人』なのだ。
誰かの記憶に残らないから、惚れられもしない。友人はそれなりにいても全て同性ばかりで、彼女達とは恋愛に発展する様な間柄でもなかった。
二十代も前半のうちはまだ『若さ』で何とかならないかとほのかに期待していたが、三十代が見えてくると諦めがでてくる。『もう私は仕事一筋でもいいんじゃないか』何て、商店街の店先に飾ってある中古のウェディングドレスを見るたびに、強がる様な事が増えてきた。
憧れが諦めに変わってしばらく経った頃。
ウチの村に『ティオ』という名の青年が仕事でやって来た。家業である農業をおこなう傍ら、趣味で銀細工を作っているとかで、それらを期間限定でウチの村でも売る事にしたんだそうだ。
近々村で婚儀があるからか、参列の時に身に付けるいい細工は無いかと女性達がティオの出店の前に集まっている。
『ねぇ、エリザも見に行かない?綺麗なデザインの物が多いらしいわよ』
『それは素敵ね』
大根が何本も入る大きな籠を抱えながら人集りの方へと向かい、後ろの方から品々を盗み見る。ブローチ、ネックレス、指輪など。どれもこれもとても美しく、繊細なデザインは素人目に見ても素晴らしい仕上がりで、まさに玄人跣の腕前だった。
『ねぇねぇ、このネックレスつけてみていい?』
『この指輪素敵だわ!』
やたらと元気にはしゃぐ女性達を前に、私と同じヤギタイプの獣人であるティオが爽やかな笑顔を撒き散らし、『えぇどうぞ』と明るく答えている。端正な顔立ちの彼に微笑まれたからか、集まっている女性陣が皆、陶酔した様な顔になった。
『ねぇ、ネックレスの金具、止めてもらってもいい?』
髪をかきあげて、白いうなじをティオに見せながら頼む者や『指輪を買うなら……貴方に選んでもらった物が欲しいわ』とアピールする者が出始めた。
まぁ、正直そうなってしまう気持ちは分からなくもない。この村のいわゆる『年若いイケメンの優良物件』はもう残っておらず、『誰か自分と相性のよい相手はいないか』と常に探り合っている感じになってきているので、他の村の者だろうが、見目麗しい人が居れば目を付けたくもなるというものだ。
並以下である私は端から勝負にならないので、ティオには目もくれず、布の上に並ぶ商品だけを見て目星い物を探した。どれもこれも素敵だが、綺麗過ぎて私では分不相応な気がする物ばかりだ。アメジストや翡翠のような宝石を使った作品まであったが、そもそもそれらが似合う服を持っていない。これらを身に付けるためには、まず服を買うところから始めねばならぬ物を買ってもしょうがないと思い、私は誘ってくれた友人に声をかけてから、『戦線』と化した店先から早々に離脱したのだった。
『——ボクとお付き合いを前提に、これから散歩でもしませんか?なんだったら結婚前提での散歩とかでもいいんですけど』
ティオが私に対し、そんな言葉をかけてきたのは翌日の事だった。
『……え?私と、ですか?』
買い物もしておらず、名前すら知らぬ私相手に、ティオが一体何を思ってそんな事を言ったのか全く想像がつかない。気を引けるような行為も一切していないのだから当然だ。
『嫌でしたか?なら別にいいんですが』
あっさり引き下がろうとされてしまい、私は『いえ!行きますっ』と前のめりに答えてしまった。
交際も結婚も双方とも諦めていたはずなのに、やっぱり私はまだ心のどこかで『結婚』というものへの憧れが捨てきれていなかったみたいだ。
『……で、でも、一つ訊いてもいいですか?』
『えぇ。どうぞ、何でも』
不自然な程爽やかな空気をまといながらにっこりとした笑顔向けられて、私はいとも簡単にドキッとしてしまった。
『何故私と、お付き合いを?……しかも、け、結婚前提でもいいとか……』
『あぁそれはですね、一番がっついていなかったからですよ。「早くいい人を見付けて結婚しろ」って親にもせっつかれていたんで、「見るからにいい人」っぽい貴女なら、丁度いいかな、と」
『…………そ、そうでしたか』
何とも微妙な気持ちになった。自分相手では一目惚れなんか期待してはいなかったが、理由がイマイチ腑に落ちない。「相手は誰でも良かったけど、何となく君にした」と言われている様なものなんだからそりゃそうか。
それでも、どんな理由だろうが選んでくれた人がいたのだからと、私はこの、生まれて始めて自分に舞い込んできた結婚へのチャンスに飛びついてしまった。
交際から結婚まではトントン拍子で話が進んでいった。四ヶ月程度のお付き合いを経て、村の小さな教会で互いの家族や友人達を招待しての質素な式を挙げた。その直後に私は生まれ育った村を出て、彼の住まいへと移り住むことに。
ティオと今まで一緒に住んでいた御両親は『これを機に辺鄙なこの家はアンタらに任せて、近くの村の中に住むよ』と出て行ってしまい、私とティオの二人暮らしが始まった。
夜になり、初夜を迎えた時はそりゃもうドキドキして、『年上の私がリードするべきなんだろうか?』とか『でも何をどうしたらなんて、知識だけあっても実際にはどうしたらいいの?』などと困りつつも色々期待に胸膨らませていた。——いたのだが……蓋を開けてみれば随分アッサリした内容だった。丁寧で気持ちいいのだが、それだけだ。こう、燃えるような激しい行為を期待していたわけではないが、『周囲から聞いていた話と何か違う!』という感想しか無かった。“夫の義務として抱いてくれただけ”といった感じだ。
では、『私は彼に愛されていないのか?』となると、そうだとは言い切れない。
ティオは一貫して私に対しとても優しく、協力的で、勝手に色々決めたりもせずちゃんと相談してくれるし、失敗しても怒らずにフォローしてくれる。年下の旦那様とは思えぬ気配りっぷりにはもう脱帽ものだったし、よく働く人でもあるから収入も蓄えも充分過ぎる程にあった。毎日毎日『何故こんなハイスペックな人が私を選んでくれたのだろうか?』と不思議でならなかった。
だが、一週間が経ち、二週間が経っても二度目の夜伽を求められない。やっとその日が来たのはもう初夜から三、四ヶ月が経った頃だったうえに、やっぱりとても淡白なものだった。
(ティオは、交尾に対して積極的では無いタイプなのね……)
そんな考えに私が行き着いたのは、結婚後一年を迎えた頃だった。
一年で三回程度のあっさりテイストな交尾なのに、浮気の気配はまるで無い事から至った答えだ。そう思ってからはちょっと気持ちが楽になった。私を選んだ『がっついていなかったから』という理由にも納得が出来始めたからだろう。
それから二年、三年と過ごした結婚生活はとても穏やかで、平穏で、まるで仲の良いお友達との同居生活といった感じだったが、結婚してみたいという希望が叶ったからか夫婦生活に対して不満は無かった。
——無いと、思っていた。
夜中に突然訪れた呪いの影響により、私の体が『少年』へと変わり、急にティオの態度が激変するまでは。
『愛されるというのは、こういうことなのか』と骨身をもって知ってしまった今では、もう過去のお友達夫婦に戻れる気がしない。否、戻りたくない。
……だが、何故にここまでティオの態度に変化があったのかを知るのは少し怖い気もする。
それこそ彼も呪われていて、“私に対する感情”が反転したのだとしたらそれは、“今までは私が愛されていなかった”事を証明するものとなるからだ。そうだったとしたら『これまでの結婚生活とは一体何だったのだ』と、根底から受け止め方を改めねばならない事態にまでなってくる。
だけど……好きでもない相手とは生活出来ないだろうし、何年も継続して優しくするのは苦痛なはずだ。だから違う。
(私はちゃんと、少なくとも好かれてはいたはずだ……)
そう思いたい。そう思わねば、雪のようにゆっくりと降り積もった私の恋心を全て、涙という雨で溶かして消え去ってしまわねばならくなってしまう。でも、そんなのは嫌だった……。
——突然の来客があり、『三人だけで話がしたい』からと居間から追い出されてしまった私は、庭先で大きく育ったトマトを収穫しながら、今までの事をふと思い出していた。
「三人だけでの話って、一体何かしら……」
籠を腕に抱えながら、マナーとしては話し合いの内容など詮索してはいけないと思うのだが、どうしても気になってしまう。今までこんな事は一度も無かったから、余計に。
突然来た二人はティオと面識がありそうな感じではなかった。人間化の『呪い』を受けたであろう者とキツネタイプの獣人の二人が、一体この辺に何の用があって来たんだろうか。
(近くにある湖でも見に来たのかしら?それとも、少し行った先に山越えのためにワイバーン達を貸し出している場所があるから、そこへ行く途中だとか?)
「んー……」
一人で悶々と考えていたって答えなんか出ないのに、思考が止まらない。
(後で教えてもらえるかしら。……いや、無理ね。教えてくれるような話なら、最初から私を退出させたりなんか、きっとティオならしないもの)
トマトを収穫する手が止まり、長いため息をこぼしていると、上空から何やらバサッバサッと大きな羽音っぽい音が聴こえてきて、私は顔を上げて空を見た。
「……珍しい、ガーゴイルだわ」
一体の大きなガーゴルが小さな籠を片手にウチの庭を目指して飛んで来る姿が目に入り、私はそれを目で追った。記憶に間違いがなければガーゴイルは王城を守る存在のはずなので、この地域まで飛んで来る理由が思い付かない。
「緊急事態じゃなければいいのだけど……」
一直線に向かってくるガーゴイルを見ながら、私はボソッと呟いた。