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ぽてぽてと歩くティアのすぐ横には、深紅のマントを翻しながら歩くグレンシス。
長い足をゆっくり動かして、ティアを急かさないよう細心の注意を払っている。
ここは、トゥレムヴァニエール城の中庭に続く回廊。
グレンシスには勝手知ったる職場でだが、ティアにとったら3回目。まだ見慣れない場所だ。
回廊の大理石の廊下は穏やかな日射しを反射して、イケメン騎士をより美しく見せている。本日もしっかり糊付けされた濃紺の騎士服が、素晴らしくお似合いだ。
ティアはそれを横目で見ながら、やっぱりぽてぽてと歩く。
表情も歩く速度も変わらない。でも内心、かなり面白くない。
お仕着せ姿の若い女性たちがチラチラとグレンシスに熱い視線を向けるからだ。
女性たちはティアに気付くと、いっそ拍手を送りたくなる速度、「あなた、グレンシス様とどういう関係?」と言いたげな冷たい視線を向けるのだ。
近衛騎士団の中でも飛び抜けて輝いているイケメンが歩いているのだから、お姉さま方の気持ちはわかる。なので、100歩譲って、許す。けれどグレンシスには、ちょっとイライラしてしまう。
顔は良いけど、なかなか口は悪いですよ?あと、無自覚短気なお方ですよ?この人は。
などと、ティアは心の中でぶつぶつ呟く。完璧に拗ねているのだ。
国王の謁見を控え、もしかして自害するかもしれない状況だが、ティアは既に覚悟を決めている。決めてしまっているから、無駄なところに余裕が生まれて、気づかなくていいことまで気づいてしまうのだ。
公の場にいる時のグレンシスが、どれほど女性を魅了しているのか。一切表情を変えず、女性たちの視線を涼しい顔で受け止めているということは、それが日常で、こんなことには慣れているということとか。
ティアは自分のスカートの裾を少しつまんでみる。
謁見の為に用意された品の良い薄紫色のドレスは、人生最高のおめかしだ。髪形だって、ドレスと同じリボンで緩く結い上げてある。今朝、ミィナとアネッサが2人がかりで結ってくれた。
でも、どうしたって背の低さも、年齢より幼く見えてしまうのも変わらない。
これまでティアは、自身のコンプレックスを指摘されたら腹は立つけれど、おおむね仕方がないと割り切っていた。
でもやっぱり、姿かたちがしっかり成人している女性が、グレンシスにきゃあきゃあ言う様を見せつけられるのは、良い気持ちはしない。
何より一番腹が立つのは、グレンシスがこの複雑な気持ちに気づいてくれなうことだ。
「ティア、歩くのが早すぎたか?」
とんちんかんなことを聞いてくるグレンシスに、ティアは子供のように、ぷいと横を向く。
それを見たグレンシスはティアに、困ったように眉を下げた。
「俺は、なにかしたか?」
「別にしてませんけど?」
食い気味に答えたティアは、それから頑として沈黙を貫き──グレンシスは結局ティアが不機嫌になった理由がわからないまま、視界の先に中庭が見えてしまった。
アジェーリアと共にオルドレイ国に出立した中庭は、何も変わっていなかった。
生垣代わりに植えられたプリペットも、同じく庭を囲むように植えられたオリーブの木も。
ティアは耳の奥にはっきりと覚えている、もうここにはいない隣国へ嫁いだ友の声が聞こえたような気がして、言うに言われぬ寂しさと懐かしさを覚えてしまう。
その表情はグレンシスには、この先のことに不安を覚えているようにしか見えなかった。
「ティア、緊張しているか?大丈夫だ。謁見といえど、立ち会うのは俺を含めた数人だけだ」
「……」
グレンシスの気遣いに、ティアはさすがにそっけない返答ができず、黙りこくってしまう。
そうするとグレンシスは更に的外れな言葉を紡いでしまう。
「何も心配することはない。万が一、お前の身に何かあるなら、俺が身を呈して守るから」
「……」
「だから安心しろ。俺はすぐ傍にいるから」
「……」
「なぁ、ティア。やっぱり……やめておこう。今すぐ帰るぞ」
「い、」
思ってもみなかったグレンシスの申し出に、ティアは慌てて首を横に振ろうとした。
けれどその直前、ティアとグレンシスの間に大きな身体が入り込んだ。
「グレン、当日になってまでそんなことを言うでない。まったく、ティアを困らせるな」
呆れきった声を出したのはバザロフだった。
バザロフは、グレンシスが何か言う前に、言葉を重ねる。
「もう、ここまで来たのだから、今更後戻りはできない。腹を括れ」
きっぱりと言い切ったバザロフにグレンシスは、最後の悪足搔きで「ですがっ」と、声を荒げてみたけれど黙殺された。
不満げな顔をするグレンシスだが、それ以上口を開くことはしない。なぜなら、ここで見知らぬ男性が姿を現したから。
「何をもたもたしているのだ。陛下はとっくにお待ちだ」
冷ややかな声音が、整えられた中庭に響き渡る。
名も知らない男性は忌ま忌ましげな表情を作ると、顎でとある方向を指し示した。
「ティア、あのお方が宰相殿だ」
「……そうですか」
2人だけにしか聞こえない声で囁くグレンシスに、ティアは小さく頷き返す。
会話の中では何度も出てきた宰相とやらは、大変神経質そうな、でも思っていたより大柄な体躯の男性だった。