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CASE 辰巳零士
AM7:00
俺はお嬢を起こす為に、部屋に訪れていた。
サッ。
静かに襖を開け、寝ているお嬢の体に触れ、少し揺らす。
「お嬢、お嬢。朝ですよ。」
「うん…。」
お嬢は朝に弱い。
低血圧の所為で、布団から中々出て来ない。
布団の中でモソモソと動き出す。
その様子は、小動物みたいで可愛いといつも思っている。
「たつみぃ…。お薬…、飲む。」
お嬢がこう言って来る時は、貧血がかなり酷い時だ。
今朝は貧血が酷いようだ。
「大丈夫ですか?お嬢。」
「うぅ…ん。目がグルグルする…。」
「かなり酷いですね…。ちょっと、待ってて下さい。」
俺はお嬢の机から、鉄分の入ったビタミン剤を取り出した。
一応、持って来ておいたミネラルウォーターのペットボトルの蓋を取った。
「お嬢、起きれますか?」
「ちょっと…、待ってね?」
ゴソゴソ…。
お嬢はゆっくり布団から顔を出した。
唇の色が青くなっていて、顔色も真っ青だった。
「ありがとう、たつみぃ…。」
「先にビタミン剤を口に入れて、そうです。お水、お口の中に入れますから。」
コク、コク…。
「そろそろ、お着替えしないと間に合わないよね?」
「大丈夫ですよ。今日から俺が送り迎えするので、慌てなくで大丈夫です。」
「送り迎え?」
お嬢には、蘇武が手紙を送って来た事は伏せておこう。
余計なストレスを与えたくない。
「そうなんだ。先生も学校近くで、変な人?が出てるって言ってたよ。」
「え?いつですか?」
そんな話、聞いてないぞ。
お嬢…、言い忘れてたな。
「昨日…。あ、言い忘れてた…。ごめんなさい…。」
「謝る必要なんて、ないですよ。尚更、送り迎えにして正解ですね。」
「うん…。」
「お嬢、制服はここに置いておきます。着替えたら朝食を取りましょう。」
「分かった。」
セーラ服のデザインのワンピースと、黒のタイツを置き部屋から出た。
朝食は軽めの方が良さそうだな。
リビングに向かいながら朝食のメニューを考える。
お嬢の世話係になって、5年が経った。
組の奴等もお嬢の事を激愛しているし、大切に扱っている。
「お嬢の靴でも磨いとくか!!」
「あ、これなんかお嬢に良いんじゃないか?」
組の奴等のこんな会話も聞き慣れたものだ。
「辰巳さん!!おはようございます。」
「おう、おはよう。」
「実はまた、蘇武から手紙が届いているんですが…。お嬢が起きて来る前にと思って、お持ちしました。」
俺は手紙を受け取り、念の為に中身を見る。
美雨、美雨、美雨って、気安くお嬢の名前を綴るな。
お嬢の名前を呼んで良いのは、俺だけだ。
グジャッ。
「辰巳?どうかしたの?」
振り返ると、制服姿になったお嬢だった。
「お嬢!!おはようございます!!」
「おはよー。今日も元気だね!!」
「「お嬢!!おはようございます!!」」
組の奴等が次々にお嬢に挨拶をしている。
お嬢、よく笑うようになったな…。
5年前のあの日、お嬢の心は死んでいた。
それは俺も同じだった。
同時、親父の息子がまだ生きていた頃は、俺はまだ若頭ではなかった。
この世界に入った以上、殺しの仕事をする事もあった。 俺は殺しの仕事ばかりしていた。
1人での仕事の方が楽だし、自分以外に信じれるものはなかった。
「辰巳、ちょっと良いか。」
「何ですか、親父。」
仕事から帰って来た俺は、体やスーツに血がべっとりと付着していた。
早く風呂に入りたいんだけど…。
「息子がお前に頼みたい事があるんだとよ、風呂に入ったら息子の部屋に寄ってくれ。」
「若が?分かりました。」
若が俺に用なんて、珍しいな…。
俺は急いで血を洗い流し、若頭の部屋に向かった。
トントン。
襖を静かに叩き、襖を開けた。
「失礼します。」
「悪いな、辰巳。お前に頼みたい事があってな。」
俺を呼んだ人物の九条晴哉(くじょうはるや)。
見た目は普通の男だが、こう見えても九条組の若頭だ。
「俺に頼み事って事は…、殺しの仕事ですか?」
「え?ち、違うよ!?」
「そうなんですか?」
「辰巳には、申し訳ないと思っているよ。親父達も他の奴等も辰巳を頼りにしてるからね。」
その言葉を聞くと、俺はこの人達に対して何も思わなくなる。
殺しの仕事は全て俺に回す。
だから、九条組にとっては都合の良い駒なのだろう。
「俺の娘の世話係になってくれないか?」
「…、はい?」
「俺の娘がな、誘拐されかけたんだ。それで、娘が酷く心を閉ざしてしまってな…。お前が美雨の側にいてやって欲しいんだ。」
誘拐されかけた…。
確か、3日前の事だったか?
俺は仕事に出ていて、本家にはいなかったしな…。
俺がいない間に起きた事だったから、どうなったのか分からなかった。
お嬢…か。
若には嫁がいて、娘がいる事は知っていたが…。
顔は見た事がなかった。
若が親父以外の奴に娘を見せなかったからだ。それなのに、俺に世話係を頼むって…。
「お前を信用して、娘の事を話すよ。この事は誰にも言ってはいけない。」
訳ありか。 「分かりました。」
「美雨は、Jewelry Pupilだ。」
「っ!?Jewelry Pupil…?」
宝石の目を生まれ持った存在の事をJewelry Pupilと呼ぶ。
名の通り、宝石言葉の能力を使え闇市場でも高く取引されていた。
誰もが欲しがる存在であり、Jewelry Pupilの目玉だけを持っていても能力は使える。
まさか、お嬢がJewelry Pupil…だとは…。
「だから、誘拐されかけた。そう言う事ですか。」
「そうだ。組の連中にも美雨がJewelry Pupilだと、知らてしまった。疑いたくはないが、美雨を狙う輩が出て来る可能性が高い。」
「そうなったら、殺せば良いんですね。」
俺がそう言うと、若は頷いた。
「分かりました。」
「美雨に会わせるよ。」
若の後ろを歩き、お嬢の自室に向かった。
トントン。
「美雨、お父さんだよ。部屋の中に入っても良いかな?」
「…。」
「美雨?」
「…、いいよ。」
お嬢の小さな声が聞こえた。
若はゆっくりと襖を開けると、布団を深く被ったお嬢が部屋の隅にいた。
「美雨、このお兄ちゃんが美雨を守る事になったから。」
「…。パパは守ってくれないの?」
「勿論、パパも守る。だけど、美雨にもっと安心して欲しいんだ。」
「…。」
「ごめんね、美雨。怖い思いをさせた。」
「…。お兄ちゃん?」
お嬢は布団をずらして、顔を覗かせた。
モルガナイトの瞳が俺を捉えた。
本当にJewelry Pupilだったのか…。
実際にJewelry Pupilを見た事がなかったが、綺麗な目だ。
「お兄ちゃん、だぁれ?」
「辰巳…、零士。」
「辰巳?」
「はい。」
「お兄ちゃんは、美雨を守ってくれるの?」
お嬢はそう言って、俺を見つめる。
その目で見つめられると、何もかもが見透かされてるような気がした。
「はい。」
これが、お嬢との出会いだった。
「辰巳ー?どうしたの?」 お嬢の声で、俺は我に帰った。
赤信号で停車していている間に、5年前の事を思い出していた。
青信号に変わり、すぐに発進させた。
「ボーッとしてたけど、大丈夫?」
「大丈夫ですよ、ちょっと昔の事を思い出してました。」
「昔の事?」
「お嬢と初めて会った時の事ですよ。」
俺がそう言うと、お嬢が手を握って来た。
「辰巳…、何かあったでしょ。」
「え?」
「何となくだけど…、大丈夫?」
「ありがとうございます、大丈夫ですよ。」
「そっか。」
学校の近くに車を停車させると、お嬢が顔を覗き込んだ。
「辰巳、いつもありがとう。」
「え?」
「あのね、パパとママが死んじゃってから…。辰巳はいつも側にいてくれてるし、辰巳がいるから寂しくないの。だけど…、辰巳の事を自由にさせなきゃ、ダメかなって思う時もあるの。」
お嬢がこんな事を言うとは思わなかった。
俺がお嬢の事を自由にしたいと。
俺には、お嬢と離れるなんて言う選択肢はなかったからだ。
「お嬢は、俺と離れたいんですか?」
「そんな事ない!!あ…。」
お嬢の言葉を聞いて、俺は軽く笑う。
「あ!!なんで、笑うの!!」
「お嬢、俺はお嬢と一緒にいる事が生き甲斐になっていて、幸せなんです。だから、そんな事は思わないで下さい。寧ろ、お嬢が俺から離れたい時は…。」
「絶対にそんな事はないよ、辰巳。あの日に誓ったもの、これからも美雨達は一緒にいるって。」俺達は、お互いの存在で心を埋めている。
「お嬢、また放課後に迎えに来ます。」
「うん。」
「それと、今日は雨が降りますから傘を持って下さい。」
「分かった、ありがとう。」
「ドアを開けますね。」
俺は車から降りて、助手席のドアを開けた。
「行ってきます、辰巳。」
「行ってらっしゃい。」
お嬢が校門を潜るまで、車の外で見ていた。
若と姐さんは、お嬢を守る為に殺されてしまった。
事の発端は、蘇武だった。
蘇武は九条会の組員だったのに、お嬢を手に入れる為に他の組の力を借りた。
お嬢の目の前で、2人を殺ろしお嬢を連れ去った。蘇武だけは、許せない。
「アイツだけは、殺してやる。」
プルルル…、プルルル…。
スマホに着信が入った。
着信相手を見てみると、非通知だった。
電話して来た相手に大体、想像が付いていた。
録音出来るように設定をしてから通話に出た。
スマホから憎たらしいアイツの声可愛い聞こえて来た。
「よぉ、辰巳。久しぶりだなぁ。」
「蘇武。テメェ、何しに掛けて来た。」
「分かってんだろぉ?辰巳。俺の美雨を返して貰おうと思ってなぁ?」
「気安くその名前を口にすんな、糞野郎。あ?誰がテメェの物だ。」
眉間に皺が入るのが分かる。
蘇武は薬物中毒者で、今も薬がキマってる状態なのが声を聞いて察しが付いた。
「ラリった状態でしか、俺に喧嘩売れねぇのか。」
「あぁ!?テメェ、ぶち殺すぞ!?」
「やってみろや、お前に俺は殺せねぇぞ糞野郎。金魚の糞みてぇに、美雨にくっ付いて来んなや。」
「テメェェが、美雨の側にいんのがムカつくだよおおお!?俺の方が、愛してんだよ!?」
「気持ち悪りぃな、相変わらず。要件を言えや。」俺がそう言って、煙草を咥え火を付けた。
「俺はよぉ、3年前の俺じゃねーぞぉ?今の生活を存分に楽しめよぉ?美雨を迎えに行くんだからぁ、よぉ…。」
蘇武がここまで調子に乗ってるのは、何だ?
何か裏がある。
蘇武の脱獄を手伝っだった人物の存在が、コイツを調子に乗らせてる。
「お前、脱獄を誰に手伝って貰った。」
「俺はなぁ、椿会に入ったんだぁ、ぜぇ?あははは!!!」
椿の野郎が、蘇武を出したのか。
親父に報告しないと、いけねぇな。
蘇武が椿と手を組んだと言う事が分かった。
薬がキマってる状態の蘇武は口が軽い。
「あははは!!頭はぁ、美雨を迎えに行って良いって言ったんだぁ。お前を殺して良いって!!これからは美雨の側にいるのは俺だ。お前は死ぬんだからよぉ。」
もう少し情報を引き出すか。
「へぇ、お前に俺を殺せんのか。随分と自信があんだな。」
通話越しに蘇武が誰かと話している声がする。
「ま、まぁ、楽しみにしとけや。」
ブチッ。
突然、通話が切られた。
椿会の奴等が蘇武に口止めさせたか。
俺は続けて、親父に電話を掛け蘇武との会話を話した。
「蘇武が椿会に入ったのか…。また、厄介な組に入りやがったなぁ…。」
「椿と蘇武の目的が一致していたから、蘇武の脱獄を手伝ったのでしょう。椿にとっても、蘇武は良い駒として使えませらね。」
「椿は美雨も狙ってると言う事か…。あの野郎、美雨がJewelry Pupilだから狙ってるんだな。」
椿もお嬢を欲しがってるから、蘇武と手を組んだ。腹が立って仕方がない。
お嬢を狙う奴等は全員、俺が殺す。
「親父、蘇武は俺が殺します。3年前に殺しておくべきでした。」
「辰巳、あの時は仕方なかった。美雨を救う為には、蘇武を殺せる状況じゃなかった。」
「それでも、蘇武を生かしたのは俺の責任です。」
「蘇武が椿会に入った事は、雪哉達にも伝える。辰巳、お前は美雨の側を離れるなよ。1人で行動するな。」
「分かりました。」
「辰巳、美雨の事を頼んだ。」
「お嬢の事は死んでも守りますよ。」
俺の言葉を聞いた親父は、少しの沈黙の後に言葉を続けた。
「お前が死んだら意味がないだろ…。美雨の心をお前が殺すな。」
「…。」
「美雨の事を大事に思ってくれるのは、有難いと思っている。だがな?死ぬのは違うだろ。美雨を守るなら、生きて守れ。」
「…、すいません。」
「謝る事はない。お前はそう言う奴だからな、戻って来てから話そう。」
「はい、失礼します。」
通話を切り、煙草をもう一度吸った。
「はぁ…。俺が人の為に死ぬなんて、言う日が来るなんて…な。」
自分自身が一番、驚いている。
お嬢を守る、守りたいんだ。
やっと、笑えるようになったお嬢に辛い思いはさせたくない。
背中の入れ墨に誓った。
だから、蘇武の計画を絶対に止めてやる。
俺は九条組の本家に戻る為、車を走らせた。
椿会の事務所ー
「テメェ、ベラベラ喋り過ぎなんだよ!?」
「調子に乗ってんじゃねーぞ!!?」
「ひ、ひぃ!?」
バキ!!
ドゴ!!
椿会の組員達が蘇武を殴っていた。
辰巳零士との通話聞いていた組員達は、蘇武に通話を終わらせ暴行していた。
「九条組の辰巳零士に情報を流してんじゃねぇよ!!?」
「あれ、蘇武。また、薬やってるの?」
事務所に椿と嘉助が現れ、組員達は一斉に頭を下げた。
「「「お疲れ様です、頭!!」」」
「うん、皆んなもご苦労様。蘇武が何かしたの?」
「はい、辰巳零士に電話を掛けて自分が、椿会に入ったんだとかベラベラ話していたものですから、通話を切らせた所です。」
組員の話を聞いた椿は、転がっている蘇武に向かって蹴りを入れた。
ドゴ!!
「ヴッ!!」
「蘇武ー、あんまり調子に乗ってると薬渡さないよ?」
「っ!!ごめんなさい、ごめんなさい!!!もう、二度としませんから、許して下さい!!!」
蘇武は慌てて椿の前で土下座をする。
「薬が欲しいなら、ちゃんと言う事を聞いてね?美雨ちゃんも手に入らないよ。」
「ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい!!」
「あーぁ、完全にキマってる状態だね。君達、コイツ眠らせといて。」
「「「分かりやした!!」」」
椿の言葉を聞いた組員達は、再び蘇武に暴行を始めた。
「椿様、どうしますか?計画を変更しますか?」
「んー、そうだねぇ。少しだけ変えようか。」
「分かりました。」
「美雨ちゃんが手に入れば、良いからね。」
椿はそう言って、美雨が写っている写真を取り出し微笑んだ。