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「いえいえ、たまたま未央さん見かけて、声かけようとしたら急に倒れたんでびっくりしました。仕事で救命救急講習を受けたばかりだったので、役に立ってよかったです。人工呼吸」
ぶっ! と未央は飲んでいた水を吐き出しそうになってあわてておしぼりで口を押さえた。じっ、人工呼吸!! 確かにそうだけど、いざ言われるとはずかしくてたまらない。
わざと? わざと年上を翻弄しようとしているのか? 未央はそれに対応する経験値もなく、ただただ赤面するしかない。
あははと笑っている亮介は、お店での爽やか120%の笑顔とちょっと違って、ほっぺにいじわるって書いてあるような、そんなかおをしていた。なんか、くやしい。
「そうだよね、ほんとありがとう。きょうはおごるから、いっぱい食べて!」
タイミングよく運ばれてきたパンケーキにナイフを入れる。ふわふわのメレンゲを混ぜた厚みのあるパンケーキ。とろとろの生クリームで全体は覆い隠されて、その上から抹茶パウダーがかけられている。見ただけで、美味しいってわかる。
「うわぁ、これすごい。写真撮っていいかな?」
未央は店員に確認して写真を撮ると、ナイフとフォークをつかみ、いただきますをして食べ始めた。
亮介も明太子パンケーキを食べている。明太子パウダーが生地に入っていて、辛味と生クリームの甘味がマッチして美味しいと一口食べて教えてくれた。背筋もピンと伸びて、所作も美しい。どっかのおぼっちゃまなのかな。そう思わせる王子様っぷりであった。
あっという間にパンケーキを食べ終わると、食後のコーヒーが運ばれてきた。パンケーキの店だから、コーヒーは普通なのかと思っていたが亮介の顔を見るとそうでもなさそう。
亮介は香りをかいで、一口飲むと一生懸命スマホになにか打ち込み始めた。
「どうかしたの?」
「あ、すみません。忘れないうちに味の感覚を覚えておこうと思って」
「わかる! 私もつい新しいレッスンのメニュー開発を妄想しちゃうから。美味しいものに出会うと、すぐ写真撮って家でレシピ考えちゃうの」
「さっきの抹茶パンケーキも?」
「うん、いまここのスタジオ限定レッスンメニュー考えてて、せっかくなら喜んでもらえるものがいいなと思って。あれならみんな笑顔になれるよね」
「そうですね、女性は抹茶好きですよね。うちでも抹茶メニューは外せません」
「喜んでもらえるって、こんなにうれしいもんだなっていまの仕事で始めて思ったんだ」
未央はニコニコ話を聞いてくれる亮介の目をやっと見られるようになってきた。穏やかにほほえんだ顔は、神々しい……。
亮介はすっと、背筋を伸ばすと未央の目を真っ直ぐ見た。
「未央さん、付き合って欲しいんです」突然そう言われて、へっ? とおかしなところから声が出た。つっ……付き合う? いや確かにキスしたけど、それは不可抗力で……。いきなりそんなっ!!
あわあわと泡吹いたカニのようになって慌てていると、透き通るような声がきこえる。
「うちのコーヒースタンドでも、秋に向けた新しいメニューを考えているんですが、ここの駅ビルから店舗同士のコラボ企画を打診されてまして……。もしよければクッキングスタジオさんとのコラボでメニュー開発するのをお付き合いいただけませんか?」
ドサドサっと音をたてて椅子から転げ落ちそうになった。子どもの時に読んだマンガであったよねこんなシーン。未央は体制を整えながら、いいですよと返事をした。
「よっぽどいいと思う。以前にもコラボ企画、他店舗とやったことがあるから。一応責任者に確認させてね」
「ありがとうございます。僕からもマネージャーに話しておきますね。オッケーでしたらお店に連絡をください」
亮介はニコッと笑った。なるほどきょうはパンケーキじゃなくてこれを頼みたかったんだなきっと。未央はちょっと期待した自分が恥ずかしくなった。未央は亮介から要望を聞き出していた。