テラーノベル
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授業開始のチャイムが、校内に響いた。
本来なら、もう教室に戻っていなきゃいけない時間。
でも──
黄は、廊下を走っていた。
(……翠)
胸の奥が、ずっと嫌な感じでざわついている。
休憩時間、遠くで聞こえた騒ぎ。
目の前を通り過ぎた担架。
力なく垂れた手。
(…なんで、翠くんが……)
先生の声が後ろから聞こえた気がしたけど、足は止まらなかった。
怒られるとか、遅刻とか、どうでもよかった。
ただ──
行かなきゃいけない気がした。
保健室の前まで来たとき、呼吸が少し乱れていた。
ガラッ。
扉を開けた瞬間、
消毒液の匂いと、
張り詰めた空気が一気に押し寄せる。
そして──
「……翠……」
ベッドの上。
横になっている、小さな身体。
顔色は悪くて、
呼吸は浅いけど、確かに生きている。
その横に立っていた赫が、振り向いた。
「……黄にぃ……」
赫の声が、いつもより低くて、掠れていた。
黄は、喉が詰まって、すぐに声が出なかった。
(……間に合った?)
(それとも……)
最悪の想像がよぎって、慌てて首を振る。
「……なにが、あったん……?」
絞り出すように聞く。
赫は一瞬、言葉に詰まってから、
静かに首を振った。
「俺も……詳しくは……」
そのとき。
ベッドの上で、翠の指先が、ほんの少し動いた。
黄は、はっとして近づきかけて──
でも、すぐに足を止めた。
(……触れたら、だめ……?)
さっきの、担架のとき。
翠が「触らないで」と叫んでいた光景が、頭をよぎる。
胸が、ずきっと痛んだ。
(そんなの……知らなかった)
(俺、翠君のこと……)
黄は、そっと、声を落とした。
「……翠君」
呼ぶだけ。
触れない。
距離を保ったまま。
それでも───
翠の眉が、かすかに動いた。
完全に意識がないわけじゃない。
でも、戻ってもいない。
中途半端で、危うい状態。
保健の先生が、黄を見る。
「君、同じ学年?」
「……はい。翠くんの双子の弟です」
一瞬の沈黙。
「……今は、そばにいていい。
ただし、刺激しないことね」
その言葉に、黄は小さく頷いた。
「……ありがとうございます」
ベッドの横の椅子に、静かに腰を下ろす。
赫も、無言で隣に立ったまま。
チャイムの余韻は、もう消えていた。
授業は始まっているはずなのに———
誰も、教室に戻ろうとはしなかった。
黄は、祈るみたいに手を握りしめる。
(……翠君)
(戻ってきて)
(俺、ちゃんと……そばにおるから)
保健室の静けさの中で、
“ささいな違和感”は、もう確信に変わり始めていた。
翠だけが、
何かを、ひとりで抱えすぎている───と。
コメント
1件
ああぁちょ普通に心配が勝つ 璜ちゃぁん!!!赫っちゃぁん!!!翠っちゃんを助けてくれ