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貴方は覚えていますか。
夏の、ほんの短い間にだけ現れた、
一人の少女のことを。
そして、あの花のことを。
「覚えてる?」
5月の初め。
春の気配が、少しずつ薄れてきた頃だった。
突然、後ろから声をかけられた。
振り向くと、見知らぬ儚げな女子高生が立っていた。
知らない。見覚えもない。なのに、何故だろう、何故か
⎯⎯懐かしい、と思った。
数秒、言葉が出なかった。時間が止まったような、そんな時間が少し過ぎた。
風が吹いて、足元の花が揺れる。
青いゴジアオイだけが、何事もないみたいに、
ゆっくりと揺れていた。
「……誰?」
ようやくそう返すと、
彼女は少しだけ目を伏せて、
「……そっか」
と、小さく笑った。
それからすぐに、
「あ、なんでもない!」
そう言って、顔を逸らした。
その逸らした横顔が、ほんの少しだけ、寂しそうな、辛そうな気がした。
「…この花、知ってる?」
彼女の目線の先には、電柱の陰に隠れてしまいそうに咲いている三輪のゴジアオイだった。
「ゴジアオイ、だよね」
彼女は小さく頷いた。
「……変だと思わない?」
「え?」
「この花、普通はもっと白や淡い赤色なのに」
そこに咲いていたのは、透き通るような青色をしたゴジアオイだった。
風がまた吹く。
青に染まった花が、夏の始まりを訴えかけるようにして揺れている。
「ね、学校どっちだっけ」
「こっちだけど……転校生?」
「少し前からこっちに転校してきたの、でも方向音痴だから……」
先程までの不思議な雰囲気も儚げさもすべて嘘なんじゃないかと思うほど軽い調子だった。
「何年何組?」
「二年三組だよ」
「隣のクラス…だから知らなかったのか」
「そう、だね」
__まただ。
あの切なそうな顔。
「ねえやっぱり、覚えてない……?」
「僕たち、初めましてでしょ?」
数秒の沈黙。彼女の辛そうな顔。
見ていると胸が苦しくなる。それに、何か忘れているような気がする。
「そっ、か…うん、私がおかしかったよ、ごめんね。変なこと聞いて」
「え?う、うん……大丈夫だけど」
「学校行こっか!」
スタスタと前を歩き始める。
「そっちじゃないよ」
「えっ、間違えた!」
道が分からないって言ってたのに、なんで先行しようとするんだか。
少し笑みが漏れてしまったことに気づき、顔を急いで戻した。