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急に始まります
「明日、出かけるぞ」
病室でぼんやり天井を見てた俺に、湊が突然言った。
「は?」
「デート」
即答だった。
点滴のチューブを見て、俺は苦笑する。
「俺、病人なんだけど」
「知ってる」
「外出許可、簡単に出ねぇよ」
「もう取った」
……こいつ、行動力どうなってんだよ。
「凛が弱ってくの見てるだけとか、無理」
真っ直ぐな目。 ああ、またその目だ。
俺は観念したみたいに笑った。
「……どこ行くんだよ」
「海」
「は?」
「ずっと行きたがってただろ」
たしかに、昔言った。 “受験終わったら海行こうな”って。
受験、終わらないかもしれないのに。
外は、少し冷たい風が吹いていた。
湊は俺の歩幅に合わせてくれる。 前みたいに競争したりしない。
「過保護」
「うるさい」
でも手は、ずっと繋いだままだった。
海は、静かだった。 冬の海は人も少ない。
「寒……」
言った瞬間、マフラーを巻き直される。
「子供か」
「凛が」
その距離が近すぎて、心臓がうるさい。
「……ありがとな」
ぽつりと呟く。
「何が」
「俺と、まだ一緒にいようとしてくれてること」
湊は少しだけ黙った。
「“まだ”じゃない」
「?」
「最後まで」
その言葉が、胸を刺す。
「……最後、って言うなよ」
声が震えた。
湊は俺の肩を抱き寄せる。
「怖い?」
正直に頷いた。
「消えるのも、痛いのも、怖い」
「うん」
「お前が泣くのも、嫌だ」
湊は少し笑った。
「泣くに決まってるだろ」
「……」
「でもな」
湊は俺の手をぎゅっと握る。
「泣くのは、その時でいい」
風が強く吹いて、波が音を立てる。
「今は笑え」
そう言って、俺の額に軽くキスした。
「……外でやんな」
顔が熱い。
「誰も見てない」
「見てるかも」
「じゃあ見せつける」
バカか。
でも、笑ってしまった。
久しぶりに、ちゃんと笑えた気がする。
帰り道、少しだけ息が苦しくなった。
湊はすぐ気づく。
「大丈夫か」
「……ちょっとだけ」
悔しい。 こんな体、嫌だ。
湊はしゃがんで、俺を見上げる。
「無理すんな」
「……ごめん」
「謝るな」
その声が強くなる。
「凛が生きてるだけで、俺は嬉しいんだから」
涙が出そうになる。
「ずるいこと言うなよ」
「本音」
そして、静かに言った。
「半年でも、半年分、ちゃんと恋人でいよう」
俺は頷いた。
「……うん」
「好きだよ、凛」
「……俺も」
夕焼けが滲んで、世界が少しだけ優しく見えた。
病気は消えない。 余命も変わらない。
でも。
今日、海に行ったこと。 手を繋いだこと。 キスしたこと。
全部、ちゃんと“生きた証”だ。
残りの時間を数えるんじゃなくて、 積み重ねる。
湊となら、できる気がした。