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あんな、性的嫌がらせみたいな揶揄い方するなんて、酷い男。
一見物腰の柔らかそうな優しい口調の上司だけれど、私の教育係の織田宗親という男は、相当腹黒いんじゃないかと思っています。
物覚えの悪い私も悪いのだけれど、1度言われたことを不安になって再度確認したりなんかすると、やんわりした口調で1度目よりも丁寧に説明してくれた後、必ず「前にも同様の説明をさせていただいたんですけどね。どうもキミは僕の声が素通りする能力を搭載しているみたいです」とかにこやかに付け足すの。
その度に、嫌味を言われていると分かっているくせにその笑顔にときめいてしまう自分も嫌。
なんであの人、〝容姿と声だけは〟あんなに私の好みのど真ん中なんだろう。
黙ってそこにいてくれたら何時間だって見つめていられるのに。
残念ながら実際の彼は大人しく鎮座しているようなタイプではないし、何ならチクチク・ネチネチと嫌味を言いながらあごで私をこき使う。
教育係とは名ばかりで、私、彼の補佐的な雑役ばかりさせられている気がするの。
しかも昨日知ったけど、何かの目論見があって、わざと無理難題押し付けてたみたいだし!
私のポジションって、管工事課全体の総務じゃないのかな⁉︎
現状はどう見ても織田課長専属補佐といった様相。
彼自身もそんな風に私のことを称していたし、実際はそれが私のお仕事なのかも知れないけれど、何となく認めるのが怖い。
確かに今週みっちりやらされた業務の中には課全体に関わるものも多かったし、重要な仕事ばかりなんだとは思う。思うんだけど。
織田課長のせいで私、勤め始めて1週間経つと言うのに課長以外のメンバーとまともに口をきいたことがないの。
これってすごく問題なんじゃないかしら。
前にもふと思ったけれど、職場全体、もしくは課単位でも構わないから飲み会とかないのかな。
そういうのがないと私、社に馴染めない気がするの。
***
Red Roofに着いたら10時45分で、割と滑り込みセーフでモーニングを頼むことができた。
このカフェは席に着く前にレジで注文と会計を済ませてから、自分で出来上がった品物をテーブルまで運んで、食べ終わった後は返却カウンターに下げるシステムだ。
今から食べるのって朝食というよりブランチかしら。
そんなことを思いながらレジの列に並んで、店内に掲示されたパネルを吟味する。
いつもならカフェラテだけ買って帰るのでメニュー表示なんて気にしたことがなかったけれど、今日はモーニングを頼むからどんなのがあるのかな?って興味津々。
好みの飲み物――私はいつも通りミルクたっぷりのホットカフェラテにした――に、ミニハンバーガー2種、季節のキッシュとディップスティックサラダ、デザートなどの、小さくてかわいい料理が各々数種類ずつの中から自分好みに組み合わせられるのが、この喫茶店の定番モーニングみたい。
恐らく毎日食べても飽きがこない工夫が、ふんだんに施された結果なんだろうな。
品数の豊富さもさることながら、いつもとは違う環境――おしゃれな店内で食べられて、しかも待っていれば食べ物が目の前に並ぶのって、一人暮らしをしていたら凄く贅沢なことなんだと外食するたびに痛感させられるの。
今度実家に帰ったら、お母さんに感謝の言葉を伝えようって思いつつ。
いつも帰ったら忘れちゃうんだけど……いつものように次こそは、と懲りずに思う。
「――円です」
オーダー時先払いシステムのレジで金額を告げられて、私、メニュー選びに夢中でお財布を鞄から取り出し忘れていた。
私の後ろにも待っている人がいらっしゃるし、ここでモタモタしたらなんだか申し訳ない気がして。
焦るあまり、外ポケットに入れたままだった例のギフトカードを使ってしまった。
注文品受け取り窓口付近に立って、ふと渡されたばかりのレシートに目を落とした私は、
「えっ!? うそでしょ!」
思わず声が出てしまった。
レシート下部に書かれた、カードの残高が4万9千円以上あることに驚いたのだ。
何これ、何これ!?
5万円分のギフトカードだったってこと!?
せいぜい千円前後、多くても5千円以内だと思っていた私は、その額面に驚いてしまう。
こ、これは……使ってしまっているけれど、明日織田課長にお返ししなければ!
さすがに何万円も、もらえないっ!
***
程よく狐色に焼けた、艶々の可愛らしい小さなバンズは、ふたくち程度で食べられるミニサイズ。
それに挟まれたシャキシャキのレタスや玉ねぎ、肉厚でジューシーなハンバーグがすごく美味しそう。
うふふ。
いい感じ♪
受け取り口で、注文したモーニングが乗っかったトレイを手にした瞬間から、私はそこに鎮座ましましている食べ物たちの虜になった。
ギフトカードの残高問題がポォーンと飛んでいってしまうくらい、どれもこれもキラキラして見えて。
オマケにいい匂いがぷんぷんしてくるものだから、腹ペコの私は食欲を刺激されまくり。
ひとりなので、手を合わせて小声で「いただきます」をして。
あーん、と口を開けて1個目のミニハンバーガーにかじりついたところで――。
「僕にはお付き合いしている女性がいるのですよ、母さん。――だから見合いなど不要です」
凄く凄く聴き慣れた低音イケボが聞こえてきた気がして、モグモグしながらふと手を下ろす。
まさか、ね。
こんなに朝早く――と言ってもじきに11時になるんだけど――から、母親と外で揉めている知り合いに出会うなんてこと、ないよねぇ。
そもそも私が似てるって思ったその声の主ってば、会社の人だし。
もちろんここと会社はすごーく近い。けれど、今日は勤務日じゃないし、ないない。
そう思うのだけれど――。
「会わせろって……そんな急に出てきておいて無茶を言わないでください。――もちろん昨日一応誘いはしましたけどね、彼女にも色々事情があるんですよ。察してください」
ひとつ目のハンバーガーの残りをたいらげてから、カフェラテで喉を潤す。
その上で、やっぱり聞き覚えのある声だと思ってしまって。
お行儀が悪いけれどお手洗いに行くふりをして、ちょっと覗いてみちゃおっかな。
そんな好奇心が湧く程度には、その声が逼迫しているように聞こえたの。
もしも私の知ってるあの人だったら?って考えたら、「いつも取り澄ましたお綺麗なお顔をどんな風に歪めていらっしゃるんだろう? 面白そう!」とか思っちゃって。
そろそろと席を立って化粧室へ行くふり、をしようとして……私はその声の主とバッチリ目が合ってしまった。
「ひゃわっ」
思わず変な悲鳴が漏れて尻餅をつくみたいに椅子に座って。
やばいっ。
あれ、絶対っ! 気付かれた!
ドキドキしながら身をかがめていたら。
「ちょっと待っていてください。すぐ戻りますので」
という声が聞こえてきた。
お願いっ。こっちに来ないでっ!
ギュッとコーヒーカップを握りしめてそう願ったけれど、神様は今日も私には塩対応みたいです。