騎士団長の装備しているものは、とりあえず飛ぶのは早かった。
――本気を出せば、もちろん私たちの方が早いけど。
彼は荒野のど真ん中に降り立つと、私が追い付くのを見上げて待っている。
ここなら人など誰もいない。居るはずがない。
と言っても、月と星明りだけではほとんど分からないけど。
ただ、迷わず荒野の真ん中に来たあたり、きちんと場所を変えて戦うつもりだったのが分かる。
こちらとしては、人目に付かないから助かる。
「随分と街から離れてくれたのね」
私とシェナも、彼から少しだけ離れて降り立った。
かなり薄暗いとはいえ、彼の金髪と碧眼、その綺麗な顔立ちはなんとなく視認できる距離。
……いや、違った。
彼の装備が、微かに光を帯びている。
「気安く話しかけるな、偽の聖女が」
どんな装備かは分からないけど、油断できない。
とはいえ、こっちはシェナと二人。
騎士団長は……一人でも平気なくらいに、その装備に自信があるのだろうか。
「だから、私は違うってば。私はヨモツヒルイ。悪に虐げられた人々の、魂を癒す者」
「貴様は遊びのつもりかもしらんがな。そうやって貴族を半殺しにして回っているせいで、そのほとんどがトラウマを抱え、昼夜問わず眠れなくなっているという。治癒で治せば、何をしても良いとでも思っているのだろう!」
それはちょっと、思ってる……。
「そ、それの何が悪いのよ。ちゃんとなお……コホン。ていうか幻覚魔法なんだから、問題ないでしょ」
「よくもまあ、ぬけぬけと嘘を言うものだ。さすがは人外。人の姿をした化け物めが。人は貴様らの玩具ではないぞ! そして、そうやって貴族から国を弱体化させているのだろう。なかなかに手の込んだ事をしてくれる」
実際にうそをついているものだから、妙に心を抉られる……。
「……あのねぇ。勝手な想像で勝手に悪人みたいに言わないでよ。その貴族たちが弱者をどれだけ酷い目にあわせてきたか、あなたは知らないだけでしょ。私はそいつらに、報いを与えているだけ」
「神にでもなったつもりか。力を振るいたいだけの殺人鬼に同じであると、なぜ分からん!」
「うっ……。なんか、正論ぽいこと言われたぁ。シェ……ナナぁ、あいつ酷い」
呼び慣れていないから、コードネームが咄嗟に出て来ない。
「ヒルイ様。気になさる必要はありません。所詮は下等な生き物の泣き言ですから」
――あぁ。シェナが居ると、ほんとに心強い。
「うん……そうよね。とりあえずあいつ、倒しちゃおっか。でないと帰れそうもないし」
こいつのせいで、今日も魔王さまと一緒に寝る時間が、減り続けている。
「その余裕……。その魔力……。そうか貴様、魔族だろう。聖女として認知されてしまったからと、手が出せぬ、などと考えている場合ではないとは思っていたが、な。独断で動いた甲斐があったというものだ。……王国に仇成すスパイめ! この俺が成敗してくれる!」
――うん?
王国に、仇成すスパイ?
「えっ? ちょっとまって? まさかあなた、私が王国に悪い事をすると思って、こういうことしてるの?」
私に対する言い掛かりで絡んできているものだと、そう思っていた。
「当然だろう! 相次ぐ上官の殉職という、不慮の事態だったとはいえ大抜擢され、団長として実力ままならぬ私ではあるが……王国を想う気持ちだけは誰にも負けん! 貴様のような狡猾な女魔族に、乗っ取られてたまるものか!」
そういえば最初も、私の魔力がどうのと言っていたっけ。
禁書庫への通路を通せんぼされたことしか、覚えていなかった。
「うそ……。あなた、すっごい真面目じゃないのよ。それじゃ、戦う必要なくない? 私べつに、悪いことなんかしようと思ってないんだもの」
「ほざけ! 誰がそんな戯言を信じるか! 貴族達を襲っているのも貴様だろうが!」
――いや、まぁ、表面上の事実だけを聞かされたら、そうなるんだろうけども。
「違うの! あいつらは悪いことをしてて、弱者を踏みにじってるの! 目を覆いたくなるようなことをしているやつらだからで。権力を笠に着て悪行三昧なの! それこそ、あなたが退治しなさいよ! 私だってやらなくていいなら、やりたくないんだから!」
「ごちゃごちゃと人心を惑わそうなどと……卑怯なやつめが! 問答無用だ!」
「えぇー! もう最悪。早とちりバカ男~!」
ここまで話をしておいて、なんで急に聞かなくなるのよ!
――と、そんなことも言っていられない。
彼は何かをこちらに飛ばした。
暗くてよく見えないのは、私にだけ不利なのかもしれない。
なぜなら彼をよく見ると、いつの間にかゴーグルらしきものを装着していたから。
すると、私たちのすぐ側で、小さなナイフ数本が一瞬動きを止めて、そして地面にカラカラと落ちた。
……結界を張っておいてよかった。
全ての敵意ある物を防ぎ、もっと高度な結界はそれらを弾く。
いきなり爆弾とかでも、きっと耐えられるだろうけど。
強度がどのくらいかは、実戦で試せていなかった。
「ナナ。あいつの攻撃は、ナナが予測できないのがあるかもだから、私がいいと言うまでそこで待ってて」
科学兵器の類だと、シェナは初めて見るだろうから対応が遅れるかもしれない。
もしもそれで、怪我なんてしたら――従魔契約をしているから、致命傷を受けようと私が死なない限りは大丈夫だとしても――私は耐えられない。
「でも……いえ、分かりました」
――おや、やけに聞き訳がいい。
「……気付かれ……た、か。せいじょ。こ、こここ、ころ、す」
この声は勇者!
なんか、変な喋り方で気持ち悪いけど。
「私はこいつらの相手をします」
こいつら、ということは黒い人もいる。
夜間戦闘なんて、こっちは見えなくてやっていられない。
騎士団長はゴーグルを着けていたから、きっと赤外線とかで見る装備だ。
――ずるい。自分たちだけ暗がりでも見えるなんて。
「光よ! 我らを照らし導きたまえ!」
空に、眩く光る小さな太陽が現れた。
もちろん本物ではなく、ひと時の間、上空から光の玉が辺りを照らす。
聖女特有の魔法、というわけではなさそうだけど、光の魔法で普通に照らすよりは遥かに広範囲を照らす。
私とシェナの、今から戦闘開始だという、合図でもある。
「ぐおおおおお! 目が! 目がああああ!」
正面の団長は目を覆いながら叫び、後ろの勇者たちはゴーグルを着けていないみたいだけど、面食らって動きが止まっている。
シェナにはいちいち指示しなくても、油断できないこの戦闘中は、意識を繋いでいる。
何かの魔法で遮断されない限り、お互いの意図も行動も、全てが手に取るように分かる。
ただ、私が手加減を意識しているせいで、シェナの動きを制限してしまっているのが申し訳ない。
本当なら、勇者も黒い人も、今の光で怯んだ隙に殺せていただろう。
――ごめんねシェナ。負担を強いちゃうけど。
でも、出来れば、真面目なだけかもしれない団長も、様子のおかしい勇者も、むやみに殺したくはないの。
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このシリーズ大好き💕