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第5話「売却された夢」/販売者:ミコ
ミコ(15歳)は、鏡に映る自分の顔がきらいだった。
短く切った前髪は額をまっすぐに覆い、首元まである黒髪は重く見える。
制服の襟はきちんと整えているのに、目だけはいつも、何かを探していた。
部活も辞めて、友達ともあまり話さない。
でも、毎晩同じ夢を見ていた。
土手の上、夕方の風、橋の向こうで誰かを待つ夢。
いつも、そこに“誰か”は来なかった。
だけど、その夢だけは、なぜか安心できた。
ある日、クラスでこんな会話が聞こえた。
「え、また売れたの? 何の夢?」「海辺のやつ。絶景系はやっぱウケるわ」
「私も恋愛系出したけど、評価Cだった……ガチ恋感が足りないらしい」
明晰夢販売アプリ《メイセキム。販売者モード》。
今の高校生の間では、**“自分の夢を売って副収入を得る”**のは珍しくない文化だった。
評価基準は、以下の4つ:
再現性(毎回似た内容で見られるか)
感情干渉度(感動・高揚・涙・恐怖など)
空間美・世界観の独自性
“売れる”ジャンルかどうか(恋愛・癒し・スリルなど)
ミコはふと思った。
あの夢なら、誰にも迷惑をかけないし、自分のかわりに“誰か”が来てくれるかもしれない。
その夜、ミコは夢を登録した。
【タイトル:橋の向こうで待つ】/ジャンル:感情型/評価:B+
販売価格:200円/DL制限なし/再訪可
最初は、何も変わらなかった。
毎晩、同じように夕焼けの土手で風を感じながら、待ち続けるだけ。
でも、1週間後。
“誰か”が来た。
「……あれ?」
土手の下から、制服を着た少年が駆けてくる。
見知らぬ顔。でも、どこか懐かしい気がした。
「間に合った……今日こそは、ちゃんと話せる気がしたんだ」
そう言って隣に座った少年は、ミコの目をまっすぐ見て笑った。
「ここ、なんか落ち着くよね。誰の夢かわかんないけど、俺、もう何回も来てる」
ミコは言葉を失った。
……“誰かの夢に自分がいる”はずだった。なのに、“自分の夢に誰かがいる”……?
翌朝、夢から目覚めたミコの《販売者アカウント》に、通知が届いていた。
【再訪ログ:6名/滞在時間:平均42分】
【コメント:「不思議だけど安心する」「いつもあの子がいてくれる」】
ミコはゾッとした。
夜、再び夢に入る。
土手の上に、昨日の少年だけでなく、3人、4人と“来訪者”が集まっていた。
「おー、今日も会えた」
「この夢、毎日開いてるの?」「話しかけると反応してくれるってマジ?」
まるで観光地のように、夢が“賑わって”いた。
ミコは立ち上がる。
「やめて。ここは……私の、場所なの」
誰も返事をしない。
風が止まり、空が赤黒く染まっていく。
ミコは走り出す。橋を渡って、向こう側へ。
でも、走っても走っても、夢の“出口”が見つからなかった。
──その夜以降、ミコの販売者アカウントは自動的にロックされた。
【システム補足:夢空間への過干渉・夢迷入疑い】
目を覚ましたミコは、泣いていた。
自分がどこにいるのかわからないまま、夢と現実の間をさまよっていた。
でも、スマホの通知だけが、静かに光っていた。
“あなたの夢に救われました”──購入者より。
《メイセキム。》注釈:
感情型明晰夢は、販売者本人が“夢の構成要素”になることがあります
通常、夢からの自力離脱は可能ですが、他者干渉が多すぎると“構造固定”される可能性があります
「夢を売る」行為には、夢主自身の心的負荷が含まれる場合があります