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可笑しいのは分かっている。でも、それを受け入れたいと思ってしまった自分もいて……複雑だ。
「……おはよう」
リビングに行っても、帰ってこないだろう挨拶をする。この時間はお母さんもお父さんも出勤しているんだ。還ってきていないかも知れない。私の記憶は曖昧だけど、高校生になってから、お母さんとお父さんとは喋っていない気がする。
(まあ、廻に対しての挨拶だと思えば……)
「おはよう。巡」
「え……」
そう挨拶が返ってきた。恐る恐る顔を上げれば、リビングに私のよく知った二人がいた。
「お母さん……お父さん?」
「何、幽霊でも見ちゃったみたいな顔して。失礼よ」
「お母さん、お姉ちゃんはまだ寝ぼけてて、だから……」
と、私が今どんな状態かさらっと説明した廻は、私の方に駆け寄ってきた。
可愛らしく、ちょこちょこと歩いてきて、顔を覗き込む。綺麗な顔を見て、ドキッとしてしまうのは許して欲しい。
まるで、二次元から出てきたような容姿。双子だって言うのに似ていないから、本当に妹? と疑ってしまう。
「どうしたの? お姉ちゃん」
「う、うん……いや、何でいるのかなあって」
「いるって誰が?」
廻は首を傾げる。
(誰が……って、お母さんとお父さんだけど……でも、さすがにそんなこと言ったら怒られるよね……)
どう説明しようか迷った。だって、私の記憶では、お母さんとお父さんは滅茶苦茶仕事が好きで、私の事なんてどうでもよくて……
(私の記憶違い? まだ、寝ぼけてるの? これが、本当?)
私がさっきまで見ていたのが夢でこれが現実なのでは? と思い始めている自分がいた。けれど、何処かでこの現実が夢だといっている自分もいる。まだ、材料が少なすぎるのだ。
「えっと……今日は、仕事じゃなかったの?」
「仕事? ああ、そうね。でも出勤まで時間があって」
「え……え」
「どうしたのよ、巡」
私の顔が可笑しいというように、お母さんは眉をひそめた。私は知らない。こんな優しい顔をしているお母さんを、見たことが無かった。お父さんも「大丈夫か、巡」と聞いてくる。私のことを皆心配していた。
ここは、笑っておいた方が良いんじゃないかと私は苦笑いする。
「あ、そっか。全然喋らなかったから、お母さんとお父さんのこと把握しきれていなかったんだ……あは、あはは」
全然上手く取り繕えなかった。これじゃあ、怒られてしまうと、私は思ったのだが、全く罵倒も何も飛んでこなかった。いつもならここで、怒るか無視を決め込むのに。
(何で……)
「あのね、お姉ちゃんちょっと頭が痛いって言っててそれで、きっとまだ……」
「廻?」
「お姉ちゃん合わせて」
と、廻が耳打ちをする。何で彼女に話を合わせないといけないのか分からなかったが、廻が真剣にそう言うので、私はコクリと頷いた。
お母さんとお父さんは顔を合わせて心配そうに私を見る。何でそんな顔するのだろうか。
「そう? 頭が痛いなら、病院にでも行く?」
「え……」
「えって、そうだぞ、巡。体調が悪いなら言うんだ。お前に何かあったら」
「え……え」
言葉が出なかった。
矢っ張り違う。こうじゃない。
私は首を横に振ることしか出来なかった。私の知っているお母さんとお父さんは私に冷たく当たって、それから無視したりして……
(何で、何で私にこんなに優しくするの)
私がたじろいでいる間にも、お母さんとお父さんは病院に行った方が良いんじゃないかと議論を重ねていた。矢っ張り可笑しい。
「廻、どういうこと?」
「どういうことって、何が? お姉ちゃん」
私は思わず廻に聞いてしまった。
いないはずの妹、優しい両親。こんなの夢だと私の頭がいっている。こんな都合の良い夢を。
廻は困ったように眉をひそめた。私が変なことを言っているように思えて仕方ないみたいな顔もする。
「何言ってるお姉ちゃん。私達はずっとこんな感じだったじゃん」
「いや、違うって……私は、愛されなくて……」
これが現実なの?
廻は「これが現実だから」と言うように、言い聞かせるように私の手を掴む。
「きっとお姉ちゃんは怖い夢を見ていたんだね。辛い夢を見ていたんだよね。だから、まだ混乱してるんだよ、きっと」
「そう……なのかな?」
「そうだよ。こんな現実より幸せなことないじゃん。お姉ちゃん」
「幸せ」
「幸せ。私はお姉ちゃんと一緒にいれて、お母さんもお父さんも私達に優しくしてくれて、幸せな家族……ね?そう思うでしょ、お姉ちゃん。お姉ちゃん、理想だっていってたじゃん」
「理想?」
「うん」
廻はか細く微笑んだ。その笑顔を見ていると、何だか心が温かくなってきて、これが現実なんだと受け入れようとしている自分がいたのだ。
(そうか……現実。夢じゃなくて……これが、私の思い描いた『理想』)
そこまで考えて、一つだけ引っかかるてんを見つけてしまった。でも、それを考える前に、廻が私の手を引く。
「お姉ちゃん、時間になっちゃう。遅刻しちゃう」
「え、でもまだご飯食べてないし……」
「お姉ちゃんがゆっくりしてるから!」
と、廻は叫んだ。頬をぷくぅと膨らまして、私に早く行こうと手を掴む。朝から元気だなあ……と眩しい妹を見て私は目を細めた。お腹は、実を言うとすいていない。でも、朝はご飯を食べて……と思っていたからだ。
まあ、お腹が空いていないのならこのままいってもいいかと、私は鞄をかけ直す。
「行ってきます」
そう私が玄関で言えば、リビングからいってらっしゃい、と返ってきた。こんなの一回もなかったのに。両親が私に挨拶を返してくれて、私を心配してくれて。こんなこと……
(そういえば、リビングにピアノ置いてあったよね……)
結構前に処分したはずなのに、リビングの端にピアノがあったのだ。誰にも認められなかった物。好きだったもの。もう、記憶の奥深くにしまったはずのそれがあったのだ。
「ねえ、廻」
「何お姉ちゃん」
「ピアノあったけど……あれ、何であるの?」
「何でって、お姉ちゃんが弾くからでしょ?」
と、廻はさも当たり前かのように言った。彼女に言っても全部肯定されてしまう。と言うか、今この状態では私が可笑しいのかも知れないけれど。機能までの記憶も無いわけだし、何だか私は平行世界線に来てしまったような気もしている。そんなこといって廻が信じてくれるとは思わないけれど。
(そういえば、廻は何が好きなんだろう……)
私は二次元が好きだ。アニメとか、漫画とか……兎に角幅広く。でも、矢っ張りイケメンだったり、乙女ゲームが好きだ。双子だからっていう理由で趣味は一緒じゃないだろうし、廻のことが気になった。
「廻」
「何? お姉ちゃん」
「廻って何か好きなものがある?ほら、えっと、私はアニメとか漫画が好きで……」
「私かあ……考えたことなかったな。あ!」
「あ?」
そう言うと、廻はニコッと顔を明るくする。そうして、立ち止まったかと思うと、私に抱き付いてきたのだ。
「私は、お姉ちゃんが好き。巡お姉ちゃんが大好き」
「え、ああ、ありがとう」
いきなり抱き付かれてしまい、抵抗することも出来ず、私はその場でかたまってしまった。別に嫌というわけではないのだが、彼女は高校生だよね? と疑ってしまうぐらい幼く見える。私も精神年齢が高いかと言われれば微妙なラインに入るけれど、何というか、廻はもっと幼く見えてしまうのだ。
「ありがとう」
取り敢えず、もう一度ありがとうと口にすれば、すりすりと廻は私に頭をすり寄せてきた。こうみると凄く可愛くて健気な妹だなあと思って、口角が上がってしまう。頬もゆるゆるだろう。
「お姉ちゃん」
「何、廻」
「私、お姉ちゃんの妹でよかったって思ってる」
「うん、いきなりどうしたの?」
「何でもないよ……だからね、お姉ちゃんも私のこと大好きでいて。ずっと一緒にいて、約束だからね」
と、廻は少し寂しそうに言った。孤独に怯える子供のように。
私は、無意識に伸びた手で廻の頭を撫でていた。彼女を安心させるように。私はここにいるよと伝えるように。
(これが、夢でも現実でもいいや……今、凄く幸せなんだから)
私は妹の頭を撫でながらそう思った。
これでいい。幸せなんだか。このまま覚めないで――――