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シズ母「やっぱりお高級なお菓子は格別ねぇ」
シズちゃんの母は、嵐が去った後のような部屋で、優雅に『虎屋』の羊羹を頬張っている。
輪島「……天利。シズカを泣かせたら、御焼組だろうが何だろうが、俺が刺し違えてでも……」
シズカ「お父様?
……まだそんな物騒なことを仰るのですか?」
シズちゃんの冷徹な一言に、スキンヘッドの強面組長がビクッと肩を揺らす。
シズ母「まあまあ。
で、フジツボさんは、いつ娘を嫁にもらうつもりなの?」
シズカ「お母様! 気が早すぎますわ!
あと、天利さんです!」
天利「……輪島組長。いえ、お義父さん。
……指は、後ほどでよろしいでしょうか?」
シズカ「いりませんわよ!
何を差し出すつもりですの!」
輪島「指なんかいらねぇよ……。
その指で、シズカに美味ぇもん食わせてやってくれ。
……あと、お義父さんって呼ぶな」
シズ母「いいじゃないの、減るもんじゃあるまいし」
シズカ「よくないです!
そもそも同棲と結婚は必ずしもイコールではありませんし!」
彼女の言葉に、俺は居住まいを正した。
ここは筋を通すべき場面だ。
天利「籍を入れるのは、シズちゃんにとってデメリットしかないから、当面は内縁関係という形になる。
けれど、時期を見てちゃんとプロポーズするし、式も挙げるつもりだよ。
……俺には家族もいないし、組の連中にシズちゃんを余計に認識させたくないから、招待客はシズちゃんのご両親と友人、知人だけになると思う。
どんな式にするかはシズちゃんに任せるつもりだよ」
シズカ「……」
天利「……ダメかな?」
俺が不安げに覗き込むと、彼女は真剣な顔で「天利さん、ご存知ですか?
結婚式と披露宴だけで300万から400万は飛んでいくんですよ?
それも、たった3時間で……と考えると……」と答える。
天利「金の心配はしなくていいよ。
俺が全額出す」
輪島「なんなら、俺も出すぞ!」
シズカ「いりません!」
輪島「なんでだよ!!」
シズカ「お金を出していただいてしまうと、要望を出された時に拒否しにくくなりますもの」
輪島「口出しなんか、しねぇよ……」
信用ならないという顔で父親を睨むシズちゃん。
シズ母「……本音は?」
シズカ「私がやりたい式の形式と披露宴の内容が、お父様や年配の方々からは顰蹙を買いそうですので……」
輪島「だから、口出ししねぇって言ってるだろ!」
天利「(……まさか、新郎新婦がワイヤーで吊られて踊るバレエ・リサイタル形式とかじゃないよな……?)」
シズカ「そんなことよりお父様、その手首……。
やはり病院へ行きましょう?
骨が変な音を立てていましたわよ」
輪島「……後で、自分で行く。
……それより天利さんよ、1つ聞かせてくれ。
お前、なんでシズカなんだ?
今川組の牧村みたいな、もっと家柄も頭もいい奴の息がかかった女だっていくらでもいただろうに」
天利「牧村……?
いえ、彼とは仕事上の付き合いしかありませんが」
シズカ「牧村……って、牧村ユタカくんですか?」
輪島「ああ、今川のキレ者補佐だ。
ここ数年で一気にのし上がってきた武闘派でキレ者の有望株よ。
大人しそうに見えて結果を残すし……。
……おい、ちょっと待て。
シズカお前、あいつを知ってるのか?」
シズカ「私が知っている牧村くんとお父様の知っている牧村さんが同一人物ならば、中学高校の同級生でしたわ。
高校では3年間、クラスも部活動もご一緒しました。
……でも、彼はとても印象に残りづらいタイプの方でしたし、卒業後は『そういえば、そんな方もいらしたわね』程度の認識ですわ」
輪島「……同級生だと!?」
シズカ「ええ。でも、あの方は他人に興味がないタイプですから、私のことなんて1ミリも覚えていらっしゃらないはずですわ。
それに奥手な方ですから、女性関係のお噂もなさそうですし……」
天利「シズちゃん鋭い!
実際、牧村補佐に取り入りたい組織が色んな女性を送り込んだらしいけど、ことごとく追い返したそうだよ」
シズカ「やはり……」
輪島「もう、あとは特殊プレイ系か幼女系しかないらしい」
シズカ「そもそもあの方、夜のお店の女性キャストみたいな女性、苦手そうなんですよね……。
高校生時代も所謂ギャルとか一軍女子に対して怯えていたというか、苦手意識を隠していなかったというか……。
……そんなことより、お父様。
いつまでドスなんて物騒なものを畳に刺していらっしゃるの?
早く片付けてくださいまし」
シズちゃんに一喝され、輪島組長が震える手でドスを収めようとした、その時だった。
ドンドンドンドンドンドォォン!!!
「警察だ! 201号室、開けなさい! 騒ぎが起きているとの通報が入っているぞ!」
ドアが激しくノックされ、築古のアパート全体が悲鳴を上げた。
窓の外を見れば、階下にはパトカーの赤色灯がどぎつく反射している。
「見慣れない黒塗り高級車が停まっている」
「201号室から凄まじい衝撃音と、男性の悲鳴が聞こえた」
……通報者、グッジョブ。
完璧な案件だ。
シズちゃんの母が「はいはい、今開けますよ」と事も無げにドアを開けると、そこには困り顔の鷲尾刑事。
……そして、その背後には鬼の形相をした森刑事が立っていた。
森刑事「……鷲尾、どけ。……輪島ァ!!
貴様、この間も通報されたばかりだろうが!」
(※シズカと男と同棲すると聞いた夜、悪酔いして暴れ、近隣住民に通報されていた)
森刑事が室内へ踏み込もうとして、絶句した。
そこには、手首を押さえて悶絶する輪島組長と、『虎屋』の箱を抱えて固まっている俺。
森刑事「天利……!?なんでお前がここに……。
今日は大判組の査問会じゃなかったのか!?
なんでこんなところで羊羹の箱を抱えて正座してやがる!」
天利「……森さん。……これには、深い『虎屋』の事情があるんだ」
森刑事「羊羹の事情じゃねえ、貴様の事情を聞いてんだよ!」
天利「…………カオスだ」
鷲尾刑事「あ、あの……輪島さん。
その手首、どうしたんですか?」
輪島「……いや、これは、その……娘との親子喧嘩で……」
森刑事「……おい天利、まさかこのドス、お前が素手でへし折ったんじゃないだろうな?」
天利「(……俺にそんな芸当できねぇよ。
折ったのはそこで羊羹切ってる堕天使だよ……)」
シズカ「お巡りさん、お疲れ様です。
父が少々、血の気が多いものですから……。
不器用な挨拶の最中に、少し段取りを間違えただけなんですのよ。
……おひとついかが?」
シズちゃんが、何食わぬ顔で切り分けた羊羹を森刑事に差し出した。
森刑事「……食えるか!
お前ら、ここで何の謀議を諮ってやがる!
住居侵入か、それとも抗争の相談か!?」
天利「(……俺だって、こんなところで羊羹を食べているはずじゃなかったんだけどな)」
俺は、シズちゃんが切り分けてくれた羊羹を一口食べ、遠い目をした。
暴力、愛、嫉妬、過去の因縁、そして警察。
狭い2Kにすべてが凝縮され、俺の人生で1番心臓に悪い日曜日は、まだ終わる気配を見せなかった。
#天利組長
#オリジナルストーリー