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私は、都市伝説や心霊現象の類を信じてはいないし、仮に「死後の世界」があると云うのなら、それはそれで結構な事象だと思っている。死んでしまって、身体が朽ち果てた後、次の行き先があるのだから、死を無闇矢鱈と恐れる必要はないのだ。
私は現在、28歳になるけれど、こんな偏屈者になったのは、所謂、職業病だと割り切っている。
長年の戦友でもあるラップトップを前にして、今日も頭を抱えているけれど、もはや何も手がつけられなくて、大好きなスティーブン・キングやエドガー・アラン・ポーの小説を、断片的に読み漁っては、何やらヒントは隠されていないかと迷走している始末だ。
私は、女子高生の頃にライトノベルを書き始めた。
様々なコンテストで優勝し、本格的に作家としてデビューしたのは大学生時代。
新進気鋭の女流作家と云えば聞こえが良いが、当時の私は、顔も知らない匿名評論家達によって、罵詈雑言を浴びせられ、精神を病んでしまったのである。
ところが、人生とは皮肉なもので、その頃に書き上げたホラー小説が空前のヒット作となり、映画化もされて安定した生活を送れるようになった。
お金や税金のことは、全てママに任せていた。
そのお陰もあって、私は執筆活動に専念出来たのだけど、愛猫のとらきちだけは、それが生き甲斐かのように仕事の邪魔をした。
だけど、今更ながらに、そんな日常はこの上なく幸せだったと思う。
風に揺れるカーテン。
ママが淹れてくれたこだわりの珈琲。
庭を彩る家庭菜園。
ラップトップの上で踊る、とらきちの可愛い尻尾。
そして我が家の温もり。
ママは一年前に死んだ。
青信号の横断歩道を歩いていたところに、急加速した乗用車が突っ込んだのだ。
運転手は78歳で、弔問に訪れた親族は泣いて詫びていた。
泣きたいのは私だと云うのに。
その後、しばらくして、とらきちまでもがいなくなってしまった。
開いたままの勝手口の隙間に、茶色の毛が残されていた。
きっと、此処に身体を擦り付けたのだろうが、私は認めたくなかった。
だってそれは、別れの挨拶のように思えたからだ。
結果、悪夢のようなライフイベントが重なり、私は物語を書けなくなってしまった。
ひとりでは広すぎる戸建ての家も、買ったばかりの軽自動車も、ママの遺影やとらきちのエサやトイレも、視界に入る思い出だけが私を苦しめて、よそ行きの顔で嘲笑う。
睡眠薬とアルコールに頼りながら、作家としてのプライドだけで開いたラップトップは、もはや私の人生には何の意味もなく、
「理想の死に場所」
と、検索をかける私は、自分の弱さを呪った。
そう、私の人生は詰んだのだ。