「キミ…なんでそんなところに挟まってんの…?」
「ぅえ、え、え…」
あまりにもはっきりした喋り方で霊が話しかけてきたもんだから、わたしはしどろもどろしてしまった。
「えっとこれはその、えっと」
「とりあえず…出てきてよ、怖いから」
「…あ、はいっ」
と、やたらいい返事をして身体を引いた。
けど…。
「あ、あれ?あれあれ?」
しまった。
驚いた勢いで身体が奥に入ってしまって、自力で出られなくなっちゃった…!
泣きそうになりながらジタバタしていると、霊…さんが苦笑い気味に言った。
「まさか、出られない、とかじゃないよね?」
「…はい…ええと…そのまさか、です」
「…どうしたらそんなところに挟まるんだよ…。ほら、じゃあ引っ張ってやるから、つかまって」
自販機に狭められた視界に、すっと手が入ってきた。
男らしく大きな手だけれど…わぁ…すらりとしてきれいな指…。
あれ…。
この指、見たことが…。
そっとその指を握ると、ぎゅっと強く握りかえされる。
ドキリと胸が高鳴った、のも束の間、
「せーのっ」
「イタっ…っあ、ちょっ…」
ぐいっと引っ張られた。
身体は思いのほかするりと抜けた。けど、そのせいでバランスを失って身体がよろけた。
「あ…っ」
「おっと」
ばふんっ
と倒れた先は、幽霊さんのハイネックセーターの胸の中だった。
ふわふわの生地に包まれた身体はとても温かくて…スパイスの効いた甘い香りが、かすかに鼻先をかすめた。
…この匂い、昨日もかいだ…。
思わず見上げた先に、端正な顔立ちがあった。
きめ細やかな白い肌に、細いあご。
綺麗な二重をした瞳は、吸いこまれそうに透き通ったキャラメル色をしていて…。
「あれ…キミは昨日の」
「妖精さん…?」
「…よう、せい?」
形の整った眉がひそめられる。
そうすると、ますます日本人離れしてみえる。ハーフなんだ…。
ほんとに見惚れるくらいきれいな顔…。
思わず言葉を忘れていると、きれいな顔は不意にイジワルな表情を浮かべた。
「魔法の次は妖精ときたか…なるほど、こんな時間までもたくた仕事しているわけだ」
「へ…」
「せっかく昨日助けてやったのに今日も残業だなんて。キミって、相当ダメな社員なんだね」
「え…」
なに…このお言葉。
トゲ、ありすぎ…。図星だからなにも言い返せないけど。
「しかも、あんまりひどかったからさすがに見かねて助けてやろうと思ったら、いつの間にかウトウトしだしてたし。帰れないのに居眠りこくなんて、ダメ社員のクセに肝だけはすわってるよね、キミ」
もしかして、今の方が夢見てる?
姿形はたしかに同じ人なのに…雰囲気も表情も発言も、全然ちがうんですけれど!
やさしいって思ってたのに、そのきれいな顔に似合わないイジワルな顔は、言葉は、完璧にわたしのことバカにしてる…!?
『やさしい王子様』像がガラガラガラと崩れていくのを感じながら、わたしはエセ王子様の胸から離れてペコリと頭を下げた。
「き、昨日はありがとうございましたっ。わたし仕事が残ってるんでこれで」
と、脱兎のごとく去ろうとしたら、
「待って」
ぐいと引き寄せられた。
近づいてくる日本人離れの顔。
わぁあぁやっぱり顔だけはすっごくいい…!
「まだ帰らないの?こんな金曜の夜に残ってるなんて、キミだけだよ?」
「ど…どうしても今日中に終わらせなきゃいけない仕事ですので…っ」
「今日中?あと数時間したら終わっちゃうけど?」
ふふ、と漏れた笑いも、やっぱり昨日聞いたのと同じ涼しげな声だった。
「仕方がないなぁ、俺がまた助けてあげようか?」
「け、けっこうです…!二日連続でご迷惑かけるわけには…!それにそちらだって残業されてたんでしょう?」
「ダメ社員のくせに気を遣うな。こんな遅くまで働かれちゃ、俺が困るんだから」
困る?
どういうこと?
この人、見た感じわたしより三、四歳上みたいだけど、どこかの部署の管理職なのかな。
社員の長時間残業を見過ごしたのを上に知られるのが不味いんだろうか。自分だって残業しているのに、ご苦労なことだ。
「総務部だろ。ほらさっさと行こうか」
「あっ、ちょっと、待ってください…っ」
なんて考えているうちに、スタスタと歩き始めた背中をわたしは慌てて追いかけるしかなかった。
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