「お祖母ちゃんは強い女だから、母や私たちの前で泣き言を言わないわ。お祖父ちゃんと二人きりの時は分からないけれど、私たちの前でさゆり伯母さんについて話した事はなかった。でも気にしていないように見せているだけで、相当落ち込んで反省はしてると思う。お祖母ちゃんの為人が昔と変わってないなら、多分私たちの進路についても強く口だししたと思う。お金を持つ家だからこそ、子育てに祖父母が口出ししてくる例は沢山あるから。……でもお祖母ちゃんはそうしなかった」
「それなら良かった。もう母のような事は繰り返されてはいけない」
尊さんはアミューズを食べ終えてから言い、気持ちを落ち着かせるようにスパークリングワインを飲んだ。
「だから私たちが料理をしようがピアノをしようが、お祖母ちゃんの態度はそれほど変わらない。まぁ、弥生がピアノを弾いていると、とても嬉しそうだけど。でも技法については口出しはしないし、完全に一線を引いているわね」
小牧さんが弥生さんに同意を求めると、彼女は頷く。
「さゆり伯母さんの事件が起こったのは、私たちが子供の頃の事だからね。小学生高学年から中学生頃まで、親戚みんなが重苦しい雰囲気になっていたのは覚えているけど、あれから二十二年経ったし、最近のお祖母ちゃんは穏やかな人っていうイメージが強いかな」
彼女はズワイガニや色んな具がのったタルトを写真に撮り、うんうんと頷く。
「確かに尊くんが現れたら、色んな意味でショックを受けると思う。今まで目を逸らしていた、娘の忘れ形見が現れるわけだから。それに尊くんにとっても、お祖母ちゃんは『厳しい人』っていうイメージがあると思う。自分のお母さんを勘当して、そのまま関わりを断ってしまった人だしね」
尊さんは弥生さんに言われた言葉を否定せず、前菜を食べつつ小さく頷いた。
「でも二十二年もの時間が経つと人は変わるよ。今でも娘を亡くした痛みは忘れられないだろうし、後悔ばかりだと思う。後悔しているからこそ、尊くんに会っていきなり怒り出す事はないと思ってる」
弥生さんが言ったあと、小牧さんが少し寂しそうに微笑んだ。
「お祖母ちゃん、もう八十一歳だからね。六十歳手前の時とは気力も何もかも違うの」
そう言われて、尊さんは頷いた。
「確かにそうだな。子供の頃はどうして会ってくれないのか、連絡してくれないのか不思議だった。交流していて急に態度を変えたなら悲しくかったかもしれないが、最初から速水家は俺たちにノータッチだった。寂しさはあったけど『そういうもんなんだ』と思ったし、母が『お祖母ちゃんを怒らせてしまったの』と言った時は、『じゃあ俺も会わなくていい』と思ってた。……でも今は朱里と家族を作るにあたって、なるべく皆仲良く過ごしたいと思ってる。親戚がいるいないの問題って、俺たち世代だけの問題じゃないから」
彼が子供の事を考えてくれていると知り、私は嬉しさと照れくささでジワ……と赤面する。
「ずっと目を逸らしていた問題だから、俺も怖い。でも乗り越えるなら今だと思う。結婚式を挙げる時、できるなら父方母方、両方の親戚を呼びたい。速水家の人たちは俺の父親に会いたくないだろうけど、その辺も一日だけ我慢してほしいとお願いしたい。……未来を作っていくために、ちゃんと向き合って話したいんだ」
私はそう言い切った尊さんの腕をそっと撫でた。
小牧さんと弥生さんはニッコリ笑い、頷く。
「いいんじゃない? 応援するよ。正直、私たちに親世代の事はあまり関係ない。親や祖父母が誰かにネガティブな感情を抱いていても、私たちが負の遺産を引き継ぐ必要はないわ。私たちは私たちで、キャッキャウフフと仲良くすればいいのよ。でも尊くんがお祖母ちゃんと和解したいって願う気持ちも充分理解する。だから私たちは尊くんの味方前提で、援護射撃するね」
そう言って、小牧さんは親指と人差し指で銃のハンドジェスチャーをすると、「バンバン」と言って撃つ真似をする。
「当てないでくれよ」
尊さんがニヤッと笑うと、小牧さんは大げさに目を剥いた。
「ホント、口の減らない人だなぁ……」
その時、黒トリュフののったリゾットが運ばれてきて、リゾット大好きな私は目を輝かせて食べ始めた。
「朱里さん、食いつきいいわぁ……」
弥生さんがしみじみと言い、小牧さんはリゾットを嚥下して頷いた。
「先日うちの店に来てくれた時も、美味しそうにパクパク食べてくれるから、作りがいがあるったら」
そう言った時、尊さんがいきなり「ぶふっ」とスパークリングワインに噎せて笑い始めた。
「な、なに!?」
目を丸くしてトントンと彼の背中をさすっていると、彼はナプキンで口元を拭いながら言った。
「こいつ、『To eat is to live』って書かれたTシャツを家着にしてて、同棲し始めた時にそれ見た時、ツボって腹痛くなるまで笑った事ある」
「ぶひゅっ」
「ぶほっ」
姉妹は同時に噴き出し、横を向いて口元を押さえ、プルプルと体を震わせる。
三人に笑われた私は、必死に説明した。
「た、確かにそのTシャツは気に入ってるけど、あれ、恵がくれたんだもん」
コメント
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アカリンのモンスター級食ハンターは皆んなにバレバレだ🤣 恵ちゃんのプレゼントTシャツ、絶対狙ってるよね😁 流石わかってるわぁ🤣🤣🤣