テラーノベル
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嵐の初来襲から数日。ようやく宮殿の扉が(燕花の胃穴と引き換えに)修繕されたというのに、平穏はまたしても轟音と共に去った。
「よぉ、朱雀の嫁さん! 遊びに来たぜ!」
今度は律儀に正面門から現れた白虎だったが、その声のデカさと放つ覇気だけで門番が数名白目を剥いている。
庭先で朱雀に「調律」という名のセクハラを受けかけていた煌は、真っ先に駆け出してきた銀髪の巨躯を見て顔を引き攣らせた。
「……また来たのかよ、この猫耳バカ! つか、嫁ってなんだ!」
「ガハハ! 挨拶はいい。それより、今日こそお前の『鉄拳』を拝ませろ。噂の巫女がどれほどのもんか、俺の身体に刻んでみろよ!」
白虎は服の上からでも分かる分厚い腹筋を叩き、琥珀色の瞳をぎらつかせる。戦いへの純粋な渇望。だが、その後ろから熱風が吹き抜けた。
「……白虎。昨日あれほど釘を刺したはずだが、その薄汚い耳は飾りか?」
朱雀が、冷え切った殺気を纏って煌の肩を抱き寄せる。その指先は、誰にも触れさせないと誇示するように煌の喉元を緩く囲っていた。
「お固いこと言うなよ、朱雀。それとも何かか? この嬢ちゃん……いや、坊主が俺に負けて泣くのが怖いのか?」
「ハ、負ける……? 誰が、誰にだって?」
煌の眉間が跳ね上がった。染み付いたヤンキー魂が、「負ける」という単語に過剰反応する。
朱雀が「童、乗るな。馬鹿がうつる」と制止するのも聞かず、煌はその腕を振り払って前に出た。
「上等だ。その自慢の筋肉、へこませてやるよ!」
「ガハハ、いい返事だ! 来いッ!」
騒ぎを聞きつけた静遠が「またですか……っ!」と胃を押さえながら震える手で胃薬を口の中に放り込み、燕花が「修繕費は西雷国に請求書を回しますからね!」と事務的に筆を走らせる中、即席のタイマン勝負が始まった。
だが、相手は神獣だ。
煌が渾身の力で繰り出す拳は、白虎の丸太のような腕に軽くいなされる。速い。重い。手加減しているはずの白虎の一撃を掠めただけで、特攻服の袖が風圧で裂けた。
「どうした、口ほどでもねぇな! これじゃ朱雀の寝台を温めるだけのお人形さんだぜ!」
「……っ、ふざけんな……っ!」
煌の視界が、怒りと『熱』で白く染まる。
その時、煌の胸の奥――召喚されてからずっと燻っていた『力』が、白虎の放つ野性的な殺気に呼応するように跳ねた。
(勝手に、決めつけるんじゃねぇ……っ!!)
煌が踏み込んだ一歩。その瞬間、空気が変わった。
ただのパンチではない。朱雀の『暴走』を鎮めるあの浄化の気が、怒りに乗って拳に収束する。
「おらぁぁぁ!!!」
――ドゴォォォンッ!!
「ぶふっ……!?」
白虎の腹に、煌の拳がめり込んだ。
衝撃波が庭の木々を揺らし、白虎の巨体が数メートル後退して地面に膝をつく。
「……ハッ、ガハッ……! げほっ……なんて、威力だ……」
白虎は脂汗を流しながらも、狂喜の笑みを浮かべた。ただの物理攻撃じゃない。内側から神としての力を一時的に『無効化』されるような、魂を揺さぶる衝撃。
「気に入ったぜ……。朱雀が必死になるわけだ。お前、ただの巫女じゃねぇ。俺たちの理を壊す『不純物』だ」
「……っ、ハァ、ハァ……約束通り、へこませてやったからな……」
煌が息を整えていると、白虎はふっと表情を険しくし、鼻を鳴らした。
「……それにしても、不快だ。お前の拳に触れて分かったが、この国、昨日よりさらに『穢れ』の匂いが強まってやがる。俺の領地でも妙な煙を吸って狂う奴が出てるが、ここは比じゃねぇな」
白虎の言葉に、朱雀の眼光が鋭くなる。
「白虎、お主の国でも『仙煙草』が出回っているのか?」
「流石に興味あるか。まぁ、こんだけ自分の領地が汚染されていたら無理もない」
「して、出所は?」
「知りたいか? だが、タダじゃぁ教えられんなぁ」
白虎は腹を押さえたまま、ニヤリと口角を上げた。
「……んだよ。勝負には勝っただろ。出し惜しみすんなよ、バカ虎」
「勝負には勝ったが、情報を教えるとは言ってねぇだろ? ……そうさな、お前が朱雀の宮殿を出て俺の国に来るってんなら、今すぐ全部話してやってもいいぜ」
「な……っ!」
煌が絶句するより早く、朱雀の周囲に凄まじい業火が渦巻いた。庭の草木が瞬時に枯れ、空気が焦げ付くような熱波が白虎を襲う。
「……白虎。お主、やはりここで丸焼きにして欲しくて参ったようだな。二度と、その口から童を勧誘するような言葉を吐くな」
「ハハ! 朱雀、お前マジで余裕ねぇな。そんなに抱え込んでると、そのうち本当に攫われるぜ?」
朱雀の黄金の瞳が、本気で殺し損ねたと言わんばかりに細まる。その腕が、背後から煌の腰をがっちりとホールドし、自身の体に強く押し付けた。
「童殿。このような脳まで筋肉の男の話など、聞く価値はない。……わしが、別の方法で調べてやるから、お主はもう下がっていなさい」
耳元で囁かれる、低く重たい声。独占欲で塗りつぶされたそれが鬱陶しい。鬱陶しいのだが、ここまで露骨だと逆に呆れる。
だが、煌は朱雀の胸板を肘で軽く小突いて、それを拒絶した。
「……待て。朱雀。こいつ、何か掴んでる。……おい、白虎。一撃入れられたら教えるって条件ならどうだ? さっきのは不意打ちみたいなもんだろ。もう一回、俺の拳をクリーンヒットさせたら、教えろ。……で、もし教えたら、なんか美味いもん作ってやるよ」
「……美味いもん?」
白虎の片耳が、ピクリと反応した。
「あぁ。こっちの世界のメシも悪かねーけどよ。俺の世界の、そうだな……がっつりしたスタミナ料理なんてどうだ? ……食ってみたいと思わないか?」
「煌!? お主、わし以外の男に手料理を……っ! わしだってまだ食ったことないのに」
「めんどくせ。わかった、わかった。今度作ってやるから今は大人しくしとけっての」
「今度、だと? なぜそやつが先に約束を取り付けておるのだ」
「取りつけてねぇよ!」
「朱雀よ、気にすんのはそこなのか?」
「当然であろう。童殿の手料理を最初に食すのはわしだ!」
朱雀の絶叫を無視して、煌は白虎を射抜くように見つめる。
「実に興味深い。 鉄拳の巫女よ。お前、どうやってあの偏屈ジジイを手懐けた? まさか、色じか――」
「んなわけないだろっ!!」
「ハハッ。まぁよい……。それにしても、すたみな料理とは……どれほど美味な物なんだ……」
白虎は数秒、煌の眼力と「美味いもん」という響きを天秤にかけ――。
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#龍と勇太
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