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朝、やけに早く目覚めた。
いつもなら寝ている時間なのに、今日はやけに目が冴えている。
天井を見上げながら、昨日の仁人の顔を思い出す。
…………可愛かったな。
まだ起きなくていい時間なのに、ソワソワしている。
動いて気分を紛らわせないと落ち着かなくて、布団から起き上がった。
洗面所に立つ。
洗顔も、歯磨きも、ヘアセットも、普段より時間をかけた。
家を出る時間にはまだ余裕があるのに、早く会いたくて仕方ない。
ただの登校が、こんな大きな意味を持つ日がくるなんて思わなかった。
そんな風に気持ちが浮ついたまま準備をしていると、机の上のスマホが震えた。
通知画面には『仁人』の文字。
突然の連絡に嬉しくなって、上機嫌でトーク画面を開く。
そこには、
『今日迎えこなていい。熱出た。』
と書かれていた。
「……は?」
一瞬意味が頭に入てこなくて、思わず声が漏れてしまった。
もう一度画面を見直す。
相当具合が悪いのか、それとも俺への罪悪感だろうか。とても端的で短い文章だった。
さっきまで浮き足立っていた気持ちが、一気に静まる。
昨日、無理矢理走らせてしまったからだろうか。
それとも、元々体調が悪かったのだろうか。
色んな考えが浮かぶけど、俺がどうこう出来る問題ではない。
小さく息を吐いて、制服を着る。
家を出ると、朝の空気が少し冷たかった。
二人で歩くはずだった道を一人で歩く。
もう何回も通っている通学路なのに、今日はやけに長く感じた。
上の空のまま授業を受けているうちに、放課後のチャイムが鳴る。
仁人のいない学校は妙に静かで、広く感じた。
帰ろうと席を立ち、鞄を肩にかけて教室を出た。
ちょうど廊下に出たタイミングで、隣の教室のドアが開く音がした。
「あ、勇斗じゃん。」
「……塩﨑くん。」
塩﨑くんとばったり出くわして、目が合う。彼の手には、数枚のプリントが握られていた。
「ちょうど良かった。勇斗ってさ、仁ちゃんの家知ってる?」
「え、知ってるけど……」
「今日配られたプリント届けろって先生言われたんだけど、俺場所知らなくてさー。どこら辺にあるか教え── 」
「俺が行く。」
言い切ると同時に、塩﨑くんの言葉を遮っていたことに気付く。
反射的に出た言葉だった。
「え、まじ?じゃあ、お願いしていい?」
「う、うん。任せて。」
プリントを受け取って仁人の家に向かう。
会いに行く理由が、何でもいいから欲しかった。
今日、本当は迎えに来るはずだった場所で立ち止まる。
ここに来るまでは迷いなんてなかったのに、急に緊張しだした。
ほんの一瞬だけ間を置いて、俺はインターホンを鳴らした。
──ピンポーン。
静かな玄関に、音だけが残る。
たった数秒なのに、その時間がとても長く感じた。
沈黙のあと、扉がゆっくりと開いた。
出てきた仁人は、いつもサラサラな髪が少し乱れていて、目もどこかぼんやりとしていた。
「…………なん、で。」
掠れた声が聞こえる。
頬も赤くて、息も微かに上がっていた。
「プリント、届けに来た。」
そう言って手に持っていた紙を差し出す。
仁人はそれを受け取りながら、少しだけ眉を寄せた。
「太ちゃんが来るって言ってたけど……。」
「まあ、会いたかったから。」
俺の言葉を聞いて、仁人は目を丸くして黙り込んだ。
それから慌てたように顔を逸らして、
「……熱あるんだから、今そういうこと言わないで。」
ぶっきらぼうにそう言った。
「ふっ、ごめん。家族は?今誰かいるの?」
「誰も……いないけど。」
「ご飯、食べた?」
俺がそう尋ねると、仁人は弱々しく首を振った。
「え、食べてないの?」
「レトルトのお粥があるらしいけど……」
「けど?」
「あっためるのダルい……。」
ちょっと不貞腐れて言う仁人が可愛らしくて、思わず笑ってしまう。
「じゃあ、やってあげる。」
そう言うと、仁人は観念したみたいに体を横にズラして、俺を招き入れた。
キッチンを借りて、レトルトのお粥を温める。
湯気がたったそれを、器に移して仁人の部屋に戻った。
「できたよ。」
テーブルに置くと、仁人はベッドに入ったままゆっくりと上半身を起こした。
冷ますように息を吹きかけてから、スプーンを差し出す。
しかし、仁人は受け取ろうとしなかった。
「…………して欲しい。」
「えっ?」
「あーん、して欲しい。」
ぽつりと呟いて、潤んだ瞳で俺を見つめる。
熱のせいか、いつもより甘えた声だった。
可愛すぎて、ため息が出てしまう。
「……はいはい。」
呆れたように言いながら、スプーンを口元に運んだ。
「ん…、おいしい。」
「ただのレトルトだけど?」
「勇斗が食べさせてくれるなら、何だって美味しい。」
「なに、今日はやけに素直じゃん。」
「素直な俺………嫌い?」
「そんな訳ないでしょ。大好きだよ。」
優しく頭を撫でると、仁人は気持ちよさそうに目を細めた。
熱があるからか、いつもよりぽやぽやしている仁人が愛らしい。
このまま、食べちゃいたいな。
頭を撫でている手を移動させて、指先で顎をすくい上げる。
視線を合わさせてから顔を近づけると、仁人の目が少し揺れた。
唇が触れると思ったその直前、仁人は俺の肩を軽く押し返してきた。
「…………だめ。風邪、移っちゃう。」
「仁人のなら、移ってもいいよ。」
俺がそう言うと、仁人は眉尻を下げて困ったような、嬉しそうな顔をした。
「………ばぁか。」
小さく呟くと、指を絡めて、受け入れるように目を閉じた。
そっと唇が重なって、離れる。
離れたと思ったら、また顔を近づけて。
軽く、もう一回。
それからもう一回。
何度も、何度も唇を重ねた。
口付けの合間に仁人が、ふっと笑う。
「もー、何回するの。」
ため息混じりの言葉だったが、仁人の手は俺の手を握りしめたままだった。
「いっぱいしよ。」
もう一度顔を寄せる。
唇じゃなくて、今度は頬。
その次は、額。そして鼻先と耳にも。
こめかみにも軽く触れるようなキスを落とす。
「ちょっ、くすぐったい。」
逃げるように体をよじるけど、その顔が楽しそうで俺も笑ってしまう。
「ねぇ、俺病人なんだけど。」
「知ってる。」
「看病どこいったのよ。」
そう言いながら、仁人も小さく笑う。
指を絡めたまま、二人で暫く笑いあった。
さっきまでの甘い空気が、 少しだけ柔らかくほどけていく。
でも、感じている体温はそのままで。
静かな部屋に、 二人の笑い声だけが残っていた。
翌日、無事に俺も発熱してしまい、二人での登校は来週までお預けとなってしまった。