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笑みを浮かべていたが、若菜がふにゃりと顔をくずし、小さなあくびをした。


「眠い?そうだよな。もう12時だし」


俺は昼まで寝ていたけど、若菜は仕事の後ここまで来てるんだから、かなり疲れているはずだ。


「風呂入るよな? ……布団、俺のしかないけど、とりあえずそれ使って。俺は床で寝るし」

「えっ、い、いや、えっと」


眠そうな表情から一転、大きく目を見開いた若菜は、しどろもどろになる。


「えっと、あー……。…………。そうだね。お風呂は借りられるとありがたい。着替え、来る途中で買ってきたから」

「あ、わかった。じゃあ風呂沸かしてくるわ」



言って立ち上がり、部屋から出る。


ユニットバス蛇口をひねると、ザァァァと勢いよくお湯が出た。


しばし眺めて部屋に戻ろうとしかけたが……。どん、と両手を浴槽の淵につく。



狭い脱衣所の鏡に映る自分は、心なしか顔が赤いし、挙動不審に見える。


考えないようにしているけど、なんか、めちゃくちゃ、めちゃくちゃ心臓がばくばくしていた。



いやいや、落ち着け。



さすがに、このユニットバスに色気なんてないだろ。

一緒に入るわけでもないんだから、落ち着け。落ち着け。

……落ち着いてくれ。



ガシガシと頭を搔いて、何度か深呼吸を繰り返す。


とりあえず戻ろう。

ここにずっといたら、若菜に変に思われるかもしれないし。



お湯が溢れないよう、風呂場のドアを開けたままで部屋に戻る。


動揺していると思われないよう気を付けようとしていたが、若菜は若菜で、借りてきた猫のように大人しくなっていた。


俺と目が合うと、目を泳がせる。



「湊、あの」

「ん?」

「言いづらいんだけど……。Tシャツとかズボン、貸してくれない? そこまでは買ってなくて」

「あー」



「わかった」と言って、実家から持ってきた衣装ケースの引き出しをあける。


背中に若菜の視線が刺さるが、とりあえず顔を背けられたのはよかった。


変に熱いし、顔が赤くなってる気がする。


若菜の着られそうなシャツ小さめのサイズのTシャツと、紐をしぼればなんとか履けそうな短パンみつくろい、若菜にばれないよう深呼吸した。



よし。普通だ。普通。



「これ使って」

「ありがとう」

「風呂の湯止めてくる」



一旦風呂場へ戻り、タオルを取って若菜に渡す。



「はい、これ。ユニットバスだけど、ゆっくり浸かって」

「うん。ごめんね、じゃあお風呂借ります」

「あー。いってらっしゃい」



脱衣所のドアが閉まると、堪えていたなにかがぶわっと喉まであがってきた。


「はぁぁぁ」



どーすんだ。


いや、そりゃ俺ももう30歳だし、彼女だっていたことあるし、こういうこと未経験ってわけじゃないけど。


でも……今彼女は若菜で、風呂入ってるとか、落ち着いていられねー……。



(……とりあえず片付けるか。あ、シーツ交換しとこうか)


若菜を寝かせるなら、俺が使ってるやつじゃ、なんとなく悪いよな。



シーツの交換をして、俺が床でくるまれそうなタオルケットもないか、まだ開けていなかった段ボール内を探す。


しかし自分で入れた覚えのないものは出てこず、バスタオルが数枚見つかっただけだ。


(バスタオルでもいいか。ラグは敷いてるしクッションはあるし、なんとかなるだろ)



あれこれ動いていると、すこしずつ冷静になってくる。

だけど脱衣所の奥から風呂場のドア開いた音がした途端、若菜が風呂からあがったんだとわかり、心拍数が急上昇する。




……とりあえず水を飲もう。


冷蔵庫をあけてミネラルウォーターを飲み、若菜のぶんも水をコップにつぐ。



ほんと、なにかしていないと落ち着かない。


だけど、動き回っているのも不自然で、俺はコップをもってローテーブルの近くに座った。


脱衣所のドアがあき、タオルを首にかけた若菜がこちらにやってくる。


「お風呂ありがとう」

「水飲む?」

「あっ、ありがとう」


髪が濡れたままの若菜に水の入ったコップを差し出す。

修学旅行の夜がふいによぎった。

若菜の部屋着姿を見たのがその時だったからだろう。



小学校の時は同じクラスで、その後みんなで夕食だった。


中学の修学旅行の時は違うクラスで、風呂上りの若菜はたまたま見かけた。

若菜は女子たちとお土産屋に行くところで、そこに若菜と同じクラスの男子数人が合流した。

あの時楽しそうに歩く若菜を見て、なんとなく複雑だったことも思い出す。



今若菜は、俺の渡したTシャツとズボンを着て……まさに“泊まりに来た”って感じだ。


その姿の破壊力を想像していなかったから、まともにくらって目が合わせられない。


俺のまわりだけ温度があがった気さえした。



「湊もお風呂入る? さっと洗っておいたんだけど」

「あー、ありがと。俺はシャワーでいいや」

「そう?」


とりあえず、俺もさっと体洗ってこよう。


もういい時間だし寝る時間だし、若菜を寝かさなきゃいけないしと、動揺しそうになる自分に暗示のように言い聞かせる。


「ドライヤー持ってくるからここで乾かして。俺も入ってくるから、眠かったら寝てていいから」


ベッドを指さした後、脱衣所からドライヤーを取ってきて若菜に渡す。


「ありがとう。……なんか、なにからなにまで、湊にお世話になってるね」

「それ、いつものことだろ」

「そうかな。そうかもね」


ふふ、笑う若菜を見て、俺にも自然に笑みが浮かぶ。

言葉通りさっとシャワーを済ませ、部屋に戻ると若菜は髪を乾かし終えたところだった。



「もう寝ようか。若菜ベッド使って」

「……ほんとに湊、床で寝るの?」

「別になんとかなるからいいよ。ほら、布団入って」


ベッドの布団をめくり、気が進まなそうな若菜の肩を軽く押す。

若菜はどうしたらいいかわからない、といった顔で瞬きを繰り返していたが、俺に押されてベッドの端に座った。


「遠慮してるならいいから。寝ろって」

「…………」

「若菜」

「……湊。ぜんぜんわかってない」

「は?」


意味がわからず目を瞬たかせた時、若菜は赤い顔で俺を睨みつける。


「湊を床で寝かせて、自分はベッドで寝るなんて、できるわけないじゃん」

「いや、俺がいいって言ってるんだから、いいんだって」

「私たち付き合ってるよね?」


若菜の声が強くなり、思わず俺のほうの声がしぼむ。


「あ、そりゃ……。うん」

「じゃあ」


若菜はぐいっと俺の腕をひっぱり、自分の横に無理やり座らせた。


「湊も!床じゃなくて、ここで寝て!」

30歳になっても、ひとりなら。

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