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目を開くと、そこにあったのは良く見知った自分の部屋の天井だった。
わたしはしばらくの間ぼんやりとその天井を眺めていたが、カーテン越しに差し込む陽の光にゆっくりと身体を起こし、大きく伸びを一つした。
それから改めて自分の身体を触ってみて、どこにも異常がないことを確かめる。
手も足も動くし、姿見に移った自分の顔もいつもと何一つ変わらなかった。
唯一違うのは、全身汗びっしょりになっていたことだ。
肌に張り付く生地の感じがあまりにも気持ち悪くて、わたしはすぐにパジャマを脱いで軽く体を拭いてから服を着替えた。
時計に目をやり、ついでカレンダーに視線を移す。
特に何も変わった様子はなく、そこに広がっていたのはいつもの日常の光景で。
「……ちゃんと、目が覚めた?」
思わず口にして、わたしは部屋のカーテンをがらりと開ける。
輝く朝日が眩しくて、けれど暖かくて。
「でも、あの夢はいったい……」
けれどそんなの、考えていたって仕方がなかった。
何がどうなったのか全然わからないけれど、確認しなければならないことがあるのは間違いない。
ユキと、楸先輩の無事、それを確かめなければならないのだ。
わたしは急いでダイニングへ向かい、慌てた様子のわたしに驚くママやパパを尻目に、急いでパンを食べるとそれをお茶で流し込んだ。それから制服に着替えると身だしなみを整える時間も惜しんで、すぐに玄関を飛び出した。
玄関先に立てかけておいたホウキを引っ掴むと、小さく呪文を口にして、さっと空を飛んで学校へ急ぐ。
何も変わらない街並みや人混みが眼下に見えて、けれどわたしの中のざわざわは一向に消えてはくれなかった。
何かを忘れているような気がする。
でも、いったい何を……?
けれどどんなに頭をひねってみても、それは全く判らなかった。
やがて学校が見えてきて、わたしはその屋上に降り立った。
すでに多くの生徒が登校してきており、あちらこちらからにぎやかな声が聞こえている。
わたしはホウキを物陰に隠すと、魔法で屋上扉の鍵を開け、自分の教室へと足を急がせた。
がらりとドアを開け、ユキがいるはずの席へ向かって――
「ユキ!」
そこにはちゃんとユキの姿があって、
「――アオイ!」
ユキも目を見開きながら席を立ち、わたしのそばへ駆けてくる。
「良かった、無事だった!」
「アオイも、どうなったかと思ったよ……」
その会話は間違いなく同じ夢を見ていた証であり、昨夜の“夢”が間違いなく“現実”なのだということを証明するものでもあった。
ユキはわたしの身体を抱きしめ、わたしもユキの身体を抱きしめた。
周囲はそんなわたしたちを、ぽかんとしながら見つめていたのだけれど、
「ど、どうしたの、ふたりとも……」
「な、なにがあったのよ?」
カナタとミツキに声を掛けられて、ようやく互いの身体から腕を解くと、
「昨日、ちょっと色々あってさ」
とユキはふたりに振り向いて、
「今ようやく再会したわけよ」
「いや、全然意味わかんないから」
「え? え? どういうこと?」
説明が説明になっていなかったけれど、あの夢の出来事を説明しろと言われたってなかなかうまく説明できる気もしなかったし、何より信じてもらえるのかどうかすら疑わしかった。
むしろ、わたしが魔女であることをすんなり受け止めてしまったユキの方が特殊なのだ。
そんなユキは、ふたりの言葉に首を傾げつつ、
「ごめん、うまく説明できない」
「なにそれ?」
「まぁ、別にいいけど……」
深く訊ねてこない二人が、とてもありがたかった。
それからわたしはユキに向かって、
「ねぇ、イノクチ先生の所に行こう」
「イノクチ先生? どうして?」
「あの夢のこと、報告しないと」
「あ、そうか」
ユキはこくりと頷くと、わたしの手を取り、
「行こう」
「うん」
わたしたちは固く手を結び、教室をあとにしたのだった。
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