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——これは、焔がオウガノミコトの手によって異世界へ放り出された日から、数ヶ月程先のちょっと特別な日のお話である。
「リアン。確かお前も、異世界出身だと言っていたよな。——なら知っているか?」
拠点の作業スペースの前でしゃがんでいたリアンに対し、不意に焔が声を掛けた。彼のすぐ隣には五朗も居るのだが、そちらの存在の方はどうでもいいっぽい。
リアンもリアンで、『焔はアオリ視点から観ても可愛いな』などと、かなりくだらない事を考えつつ、「何をですか?」と訊きながら首を傾げた。
「“せんとばてれんたいんでぃ”とかいう、イベントの事だ」
「あぁ、『リア充死ね!』なイベントの事っすよね。リアンさんだったらかなりモテただろうから、さぞかし楽しい日ばかりだったんでしょうねぇ」
卑屈になりながら五朗の方が先に返事をした。するとリアンは、笑顔ではありつつも、『お前が先に返事をするな』と言いたげな顔で「主人は私に話しかけたのですよ?」と言いながら、五朗の肩をポンッと叩く。その力加減は相当軽くだったはずなのに、負の感情が加算されたせいか、彼の肩には手の形でくっきりと赤い跡がついてしまった。
「邪魔をしないでもらおうか。俺はリアンに話し掛けたんだ」
そう言う焔も少し不機嫌な声色だ。五朗の言う通り、元の世界でのリアンは相当モテたのだろうなと思うと正直ムカつく。素直にそうと言えばリアンも喜ぶだろうに、焔には伝える気が無かった。
「ず、ずびばせん……(すみません)」
ヒッと喉の奥を鳴らしながら、五朗が二人に謝った。 出過ぎた真似をしたか、とも言えない程度の発言とタイミングだったので納得はしていないのだが、謝る以外の選択肢を選べない。まるで、“謝りますか?”もしくは“土下座しますか?”の二択しか選べない選択肢が、目の前の画面に表示されているような気分だった。
「聖バレンタインデー、もしくはセイントバレンタインデーの事ですね。えぇ、もちろん知っていますよ」
作業中だった手を止めて、スクッとその場で立ち上がり、胸に手を当てる。そしてちょっとだけ頬を染めて、リアンは「まるで私達の為だけにあるようなイベントですからね」と言い切った。
「せいばれんたいんでぃ、か。微妙に覚え間違えていたんだな、すまん」
やたらと強調した“だけ”の部分も、『私達の為』発言もサラッと流し、焔がそうだったかと頷く。だがリアンは少しも悲しくは無い。カタカナを上手く言えておらず、ちょっと舌足らずな感じの焔が可愛くって——以下略。
「愛し合う二人が愛を深め合う日です。……そう言えば、今日でしたね」
「あぁ、今日だ。だからか宅配ボックスにチョコレートが入っていたんだが、コレはやっぱり——アレか?」
「『リア充死ね!』って叫びながら、イケメンに投げつける物っすよ!」
懲りもせずに会話へ割って入った五朗に向かい、間髪入れずに「まずはお前が死ね」と焔が淡々とした口調のまま吐き捨てる。鬼の容姿をした焔に『死ね』と言われるのはいつまで経っても慣れず、今度は、謝罪の言葉すら五朗は口に出来なかった。
「巨大な魔物が現れて、『チョコを寄越せ』と暴れ回るとか。んでもって、ソイツを倒すとかじゃないのか?ないのか?」
ちょっとソワソワした雰囲気を醸し出しながら、焔が訊く。どうやらクリスマスイベント時の巨大戦闘戦が思いの外楽しかった様で、久しぶりにまたやりたいみたいだ。
(鬼のくせに、っんとに可愛いなコイツは!)
今にも血が出そうな鼻を片手で押さえつつ、「すみません。愛を深め合う日なので、戦闘は流石に無いです」とリアンが答えた。
「じゃあ、今日はコレを食って終わりか。つまらん日だな」
「結構美味しいので、毎年人気なのですけどねぇ」
「正月といい、平穏なイベントが続くんだな」
残念そうにしている焔に対し、申し訳ない気持ちになってくる。『正直どうでもいい』『告白へのお断りが面倒臭い日』としかバレンタインデーに対し思っておらず、真面目にイベント企画を考えておかなかった過去の自分をリアンは殴りたくなった。
「じゃ、じゃあ自分、ソフィアさんと一緒にお茶でも用意して来るっす!」
この場に居ては、また余計な口を挟んで二人の邪魔をしてしまいそうだ。そう思った五朗はスチャッと手を挙げ、そそくさと作業スペースから逃げ去って行った。
「おや、クラフトの作業中だったのに」
作業の続きはどうするのだろうか?と思いつつも、リアンは引き止めない。 むしろ焔と久しぶりに二人きりになれた現状に対し心の中で感謝を捧げる。一緒に眠っているおかげで朝まで二人きりだったので、起きてからのたった数時間程度しか邪魔はされていないのだが、それでも。
「ところで、何を作っていたんだ?」
「五朗に作業台などの使い方を教えていただけなので、余っている素材で作成出来る物を色々と、練習として回復薬を数点ほど」
「そうか」
会話が途切れ、少しの間が空く。
「……焔様は——」
「ん?」
「バレンタインの思い出とかは、ありますか?」
「あるわけがないだろう?バテレンのイベントだぞ?チョコレートを知ったのだって最近の話だ。洋菓子でまともに認知していたのは、カステラくらいだしな」
「そうなんですね」と答えるリアンの顔がパァと明るくなる。自分以外の存在との思い出が無い事がすごく嬉しい。
「じゃあじゃあ、私からもチョコレートを贈らせて下さい」
「いいのか?俺は特に何も用意していないんだが……」
「問題ありませんよ、大丈夫です!」
「そうか、悪いな。お前にばかり負担をかけて」
「そんな事はありませんよ。ちゃんと私も美味しく頂きますから」
「……そうか?ならいいんだが」
焔はリアンの言葉を『二人で一緒に食べようか』と言う意味なのだと捉えた。
「私からは、夜にお渡ししますね!」
「……夜に?」
何故じゃ?と思いながらも、焔は「わかった、夜だな」と素直に頷く。
(液体状のままのチョコを贈ろうか。いや……体温で溶けやすいチョコにするのも捨てがたいな。体の表面をチョコレートでなぞって、ぴんっと尖って愛らしく震える乳首を俺の手でコーティングしていき、それを丹念に舐め取るとか最高じゃないか?凛々しく勃起したアレに精液みたいに垂らして口に含むとか……うわ、想像するだけで勃ちそうだぞ)
真っ当な反応をする焔をニコニコ顔で見詰めながらリアンは、そんな事ばかりを考えている。
翌日の朝、『お前とはもう二度とばれんたいんでぃなんか、一緒に過ごさないからな!』と言われる事になるのは、火を見るよりも明らかだった。
【バレンタインデー・完結】