テラーノベル
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「誤解なのです。彼らは私を救ってくれようとしたのです!」
チタ王女は懸命に訴えた。
いま彼女は煩わしい王室に舞い戻り、実の父・ハフニ王と義理の母・ジルコ王妃の面前にいる。
王室の中央広間は、実に立派な装飾に彩られており、見るものにため息をつかせる魅力に輝いていた。
2人はその広間にある大層な王座と玉座に腰掛けている。
実の娘を見下ろし、眼光鋭く黙りこくっていた。
チタ王女はめげずに続けた。
「確かに彼ら種族と我が種族には、後ろ暗い歴史が刻まれております。それは、それは恐ろしい歴史です……しかし、いまは違います。互いを尊重し合い、共生を目指さんとしているのです。それは、彼らと接して初めて分かりました。ですから、お父様とお母様もぜひ彼ら種族と話し合いの場を設けて……」
「チタよ」
ハフニ王が重々しく口を開いた。
その声音からして、明らかに彼はチタ王女の意見に賛同しかねている。
実際、ハフニ王は反発の意を示した。
「お前がなぜ、王宮を飛び出し、かの山へ向かったかはこの際問わない。だが、奴らテラーを擁護するとは何事か。奴らは我々人類の敵だ」
「なぜ、そう思うのです」
「何を寝ぼけたことを」
ジルコ王妃が2人の会話に割って入ってきた。
チタ王女は特にこの母……後妻となった義母を嫌っていた。
嫌味ったらしく王妃が言う。
「テラーが私たち人類をとって食ったことは本当のことではありませんか」
「ですから、それは」
「過去は過去でも事実は事実。それを私たち人類が譲歩することに何の意味があるのです。これは、人類の名誉や誇りに関わること。決して、退いてはならない重大事です」
「でも……」
ハフニ王が王妃の論旨に肯き、後に続く。
「それに、チタよ。奴らがお前を取り囲み、今まさに襲わんとしていたことは誤解だと言っているが、これも首肯しかねるな」
「なぜですか。彼らは私たち人類の言葉を使って宥めてくれたのです。襲うならとっくに出来ていたことです」
「こうは考えられんか。お前を襲えば、大きな声を上げられる。そうなれば、我が国が送る兵士たちに勘付かれてしまう。そう考えた奴らは、お前の油断を狙い、説得の体を崩さなかった……と」
「そんなことは」
「いずれにせよ、もう既に奴らが人類に攻撃を開始したことは確かだ。その証拠に、奴らは我々人類の言葉を理解していた。これは、過去にも攫われた人間がいることを示している。何の罪もない人間を、奴らは拐かしたのだ」
「言葉を話しているのは、過去に私と同じように彷徨った人間を妻として迎えたからだと話していました。これは、攻撃でなく共生の証拠ではないですか」
ジルコ王妃は不敵に笑い飛ばした。
「分かりやすい嘘です。きっと、攫った挙句、拷問でもして人類の情報を吐かせたに違いないですわ」
「そんなことは、誰も証明できません」
「それは貴方の意見も同じです。なぜ、テラーが嘘をついていないとわかるのです。リスクがあるなら、それを見越して考えるのが道理というもの。テラーと共生するなどという戯言に誰が耳を傾けるのです」
悔しかったが、チタ王女は何も反論できなかった。
嘘をついてないことの証明。それは、悪魔の証明というものだ。
絶対不可能。
この人たちを説得するのは、どうにもできないことだとチタ王女は思った。
その考えを裏付けるように、ハフニ王はこう結論した。
「よりはっきりさせよう。兵士の報告によると、山中で言葉の通じぬ少女を保護したとのことだ。これは生まれながらにして奴らに連れ去られ、今の今まで飼い慣らされた人間である。これだけの証拠が揃っていて、まだ反論するつもりか。チタよ」
「私は」
チタはどうしたものか困ってしまった。
このままでは、本当に人類とテラーによる全面戦争が行われてしまう。
早急に両者が和平案を提出しなくてはならないというのに……。
そこで、広間の扉がノックされた。
ハフニ王が扉に視線をよこし答える。
「入れ」
「失礼します」
入ってきたのは、すらりと細身の美青年で、見事な所作でこちらに向かってくる。
この慇懃な態度を取る青年は、王室全体の指揮を取る側近・クロムだった。
その統率力は非常に優秀であり、ハフニ王やジルコ王妃からもその力を高く買われている。
いわば裏の権力者であった。
そんなクロムはチタ王女の隣まで来ると、横目に微笑み、軽く会釈をする。
そして、片膝をついて2人に向かって報告を始めた。
「2つほど報告があります。一つは、我が国”アスポロスン”が率いるアスポロスン連合軍カミーム隊長より、伝言です」
「カミームが?」
ハフニ王とジルコ王妃は顔を見合わせ、互いに顔を顰める。
王室とカミームは折り合いが悪い。それは、カミームが独断的で暴走しがちな性格であるためだ。
しかし、彼は軍人として頭角を表しており、その支配力と強さは誰にも敵わないのだった。
そのため、王室側としてもある程度看過している存在なのである。
一言で言えば、最強の厄介者。
チタ王女は密かにその名を聞いて震えた。
クロムが「ええ」と答えた。
「カミーム隊長の言によれば、あの特殊部隊”キニゴス”を始動する、とのことです」
「なんだと! キニゴスを」
ハフニ王は思わず立ち上がった。目を見開き、口がぽかんと開いたままだ。
そこで、ジルコ王妃が思い切り口を曲げて言った。
「あの忌まわしい犯罪者集団を使うというのですか。あれは、我が国アスポロスンの汚点です」
キニゴス。
チタ王女はその名を風の噂程度に聞き及んだことがある。
カミームが独自に結成したという特殊部隊。
その構成員は、常軌を逸した犯罪者が大半なのだという。
しかし、それだけに捨て身で恐ろしく強く、他国と戦争した際にはキニゴスだけで一国を半壊させたほどだと聞いている。
人間の中の化け物。
それが、彼らキニゴス。
「それで」とハフニ王は話を戻す。
「キニゴスを始動するということは、カミームは奴らテラーと戦争する気でいるということなんだな?」
「はい。どうやらそのようですね」
クロムが穏やかに言う。
ううむとハフニ王は少し考え、厳しい相貌で結論した。
「いいだろう。いずれ奴らとは戦わねばならんのだ。戦争の指揮はカミームにとらせてやれ」
「お父様」
チタは悲痛な叫びを発した。
しかし、まるで聞こえなかったかのようにハフニ王はクロムに問うた。
「それで、もう一つの報告はなんだ」
「はい。それが、化け物たちに捕らえられていたリンという少女。彼女の言葉が少しずつわかってきました」
「分かってきただと?」
ハフニ王は驚きの声を漏らす。
「まだここに連れてきたばかりではないか。どうやって、その少女の言葉を理解したのだ」
「私が実際に彼女と会って話してきました。その言葉の法則性から、意味や文法を推測し、ある程度理解が可能になりました」
「なんということだ。クロム。お前というやつは」
ハフニ王とジルコ王妃が感嘆の声を漏らす。
チタ王女も驚いた。
チタ王女とリンという少女は同時に王宮まで連れてこられたはずだ。
まだ10数分しか経っていないのに、クロムはもうテラーの言葉を解析したというのか。
その優秀な側近は報告を続けた。
「いわく、リアムとアルゴを探していたら、山の中で迷ってしまった。あの2人が心配だ……と」
「リアムとアルゴとは誰のことだ?」
「恐らく、テラーの名でしょう。カミーム隊長の報告によると、山中で一体のテラーの討伐に成功しています。それが、リアムかアルゴのどちらかかと」
「それは、アルゴです」
チタ王女が口を挟む。
説明を求める3人の視線に毅然として答える。
「教えてもらいました。ロウムというテラーに。彼の息子は人間とテラーのハーフで、人間と変わらない見た目をしていました。ということは、もう1人いたテラーこそアルゴです」
「……のようです」
クロムが間を埋めるように答えた。
そして、しばらく沈黙が続いた。
チタ王女は震える。
これは、殺戮だ。人間による一方的な殺戮行為だ、と。
リンという少女にとって、アルゴは友達だったに違いない。
それを、集団で無惨にも撃ち殺してしまった。取り替えのつかない事態になってしまった。
今からでも遅くない……いや、遅いかもしれない。
だが。
テラーにも理性があり、言葉があり、家族があるのだ。
人間とテラーは本当に分かり合えないのか? 戦争をするしか方法はないのか?
チタ王女はずっとそんなことを考え続けていた。
その静寂を破ったのは、ハフニ王だった。
「事態は把握した。そのリンという少女には、事実を伝えたのか」
「いえ、まだ伝えておりません」
「それがいい。かわいそうに。奴らと過ごしたばかりに、要らぬ情を植え付けられたわけだ。だが、ここからは人類が総力を上げてこの悲劇を打ち止めねばならん。二度と惨劇が繰り返されないように」
チタ王女は皮肉にしか聞こえなかった。
一体、どちらにとって惨劇なのか。
ジルコ王妃が立ち上がった。
大きなスカートを軽くはたき、クロムに向けていう。
「それでは、貴方も下がりなさい。いまは作戦を練るときです。人類の栄光のために、慌てず、冷静に行動なさい」
「はい。承知いたしました」
ジルコ王妃はすたすたとチタ王女とクロムの隣を通り過ぎ、真っ直ぐ寝室へ向かっていった。
ハフニ王もそれに続き、大広間はチタ王女とクロムの2人が取り残された。
チタ王女はクロムに向かって睨みつける。
「結局、貴方も戦争に賛成なんですね。まるでお父様とお義母様の言いなりです」
「ええ。私の役目はこの国、アスポロスンが永世永代繁栄するために必要なことを果たすまでです」
「そのためなら、テラーの権利は無視するということですか」
「テラーの権利、ですか」
クロムの顔に暗い影がさす。
それは、光のない極夜のように漆黒の目であった。
チタ王女は薄寒いものを感じる。
クロムがぽつりと言った。
「これは、名前のない戦争、ですね」
「え?」
「”アンネームド・ウォーズ”なんていかがでしょう。この矛盾だらけの戦争に、ぴったりな名だとは思いませんか」
アンネームド・ウォーズ……。
名もなき戦争。
名もなき山。
人間。
テラー。
その二つを分つものは、なんだろう。
私たちは、いったい何と戦うというのだろう。
ざわざわ。
ざわざわ。
チタ王女は。
確かにこの耳で、破滅へのラプソディーを聴いた。