コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
電車を降り、駅から数分。ついたレストランに入る。どうやら予約をしていたそうで、すぐに席に座ることができた。
お冷を受け取った後、俺は小声で美蘭に贅沢できるほどの余裕はないと言ったが、彼女は今日は私が出すと答えた。あまり悪く言いたかったわけではないが、週二のアルバイトでそこまで稼げているとは思えない、ここは俺が出すべきだという趣旨の事を言う。しかし、彼女はそれを断ったうえで、大丈夫と少し自慢げに言った。
俺にはそれがどうも危うげに思えたが、言及しようとしたタイミングで料理が運ばれてきたので、後にする事とした。本来であればもっと前のめりとなるべきなのかもしれない。しかし、正直なところ俺は、もう諦めていたのだ。
今の美蘭がどこかで死んでしまおうがどうでもよい。本心ではそう感じていた。俺にとってこいつは悪魔なのだ。この呪縛から逃れられるのであれば、あのサークルで毎日を過ごしたような、幸福な日々に帰れるのであれば、俺はそこで死んでしまいたい。
前菜を楽しみながら、彼女が話を始めた。大学での出会いから、これまでの思い出を楽しそうに語った。途中からワインも入り、まあ随分と気分良さげであった。
そして、彼女の語りもようやくクライマックスとなってきたところで、ついに本題が始まった。
「妊娠は嘘」
彼女はこの日、落語家も驚くほどの多彩な語彙を多く並べていたはずなのに、俺の中に残ったのはそのワンフレーズだけだった。
この料理も、俺の二日分の給料を超えるくらいには高価だというのに、その味は最後まだ感じられなかった。
ただそれは、この事実が信じられないからでも、これほどまでの悪事を行っても、彼女にその自覚がないからでもなかった。妊娠が嘘だということには薄々気づいていたし、今の彼女の異常さはよくわかっていた。本当に問題なのは、こんな安い嘘に乗せられ、自分から人生を棒に振ってしまったのだという、ただ一つの実感だった。