「なんかさっきも危ない雰囲気だったし、優羽ちゃん、彪斗なんかと一晩でも一緒の空間にいてみなさいよ。頭の先から足の先まで、バリバリ食べられちゃうんだからぁー!……って、あれ…優羽ちゃん?」
ぽろぽろぽろ…
いつの間にか、優羽は泣いていた。
「ば…なんで泣くんだよ、それくらいで…っ!な、泣くなよ」
「泣かない方がおかしいでしょ!あんたみたいなロクデナシの餌食になるってわかっちゃ!…優羽ちゃん、大丈夫…??」
「ご、ごめんなさい…なんか急に悲しくなっちゃって…」
悲しく?
俺に遊ばれて捨てられると、本気で思ったのか?
なんだよ。俺、そんな風におまえに決めつけられちまってるのか?
「んなわけないだろ!優羽」
俺の大声に驚いて、優羽はぴたりと涙を止めた。
膝をついて、俺を見つめてくる可愛い顔をのぞきこみながら、涙をぬぐう。
「い、今までの女はそうしてたし、そうしてきてなんとも思わなかったけど…おまえは別。特別っ!」
「とく、べつ…?」
「…そうだよ」
めっちゃ特別。
世界中の誰よりも、特別、だ。
「ほんと…に?」
「ああほんとだ。おまえだけは、ひどいことなんかしねぇよ」
てか、できねぇよ。
ぽろぽろぽろ
あー!なんでだ!なんでまた泣くんだ、優羽…。
「ご、ごめんなさい、今度はうれしくて…」
う、うれしい…?
「わたし泣き虫で…ごめんなさい。もう、泣かないように、するね…」
ごしごしと頬をぬぐうと、優羽はちょっと赤くなった顔に、はにかんだ笑顔を浮かべた。
ああやっぱ。
好きすぎる…。
もうヤバいくらい朝も昼も夜も、ずっと優羽といてぇ。
「じゃいいだろ、俺と暮らすぞ」
「えーえーでもでもぉ、やっぱり女の子と一緒のほうが楽しいよね??」
「寧音…ってめぇはさっきからウゼぇんだよ。大人しく譲りやがれ」
「ウザいのは彪斗っ!威張るのもいい加減にしてっ!ねー優羽ちゃん、私と彪斗、どっちがいい??」
「俺にしろっ、優羽!」
「私と一緒にくらそ!?」
俺と寧音を交互に見つめて、くす、と優羽は可愛く笑った。
「寧音ちゃんと、暮らしたいです」
がーん…。
「やったー!はい、ということで彪斗、とっとと出て行って!」
「ち。わかったよ」
とぼとぼ、と俺は背中を丸めてドアに向かった。
けど、
「…おい優羽」
「あ、っはい」
「明日から、学校くるんだろ」
「…はい」
「ち、ちゃんと、メガネとその頭で来いよ」
「はい…」
「一緒に暮らすのは大目に見てやる。けど、おまえは、お、俺のものだってこと、忘れるなよ。明日からは、俺の言うことは絶対に、なんでもきかなきゃ、だ、だめなんだからなっ」
どうしてどもってしまうのか…解からないまま言いきると、バタン!!と乱暴に閉めて、俺は部屋を出て行った。
エレベーターの扉がしまるまで、寧音のクソむかつく笑い声が聞こえてきた。
「う、ウケる!彪斗が!あの彪斗が…!女の子にマジ惚れー…!!!」
なんとでも笑えよ、くそっ。
俺だって、もう情けなくてどうにかなっちまいそうだ…。
ほんと、調子狂う。
俺の言うことはなんでも聞け、だなんて言っといて。
もう例外認めちまった…。
くそ。
あの泣き顔、マジで反則なんだよ…。
この俺が。
この惣領彪斗が。
たかが女ひとりに、こんなに戸惑うなんて。
歌っているあいつを見た瞬間、この世のものなのかと息が止まった。
手をつかめたことにびっくりした。
つかんだ瞬間、消えてしまうんじゃないかと、どこかで思ったから。
つかめたら、絶対逃がしたくないって、我慢できなくて―――。
きっとそこから、俺は今までの自分を見失った。
目が離せなくなる、可愛い顔。
細い手足、華奢な身体。
そして、甘い歌声…。
「ダイヤの原石」か。
は、そんなもんを、ほったらかしてたまるか。
磨かなくてあれなのに、きれーに磨かれちまったら…
さすがの俺でももう届かないところに行っちまうかもしれない。
あいつは、俺だけの小鳥なんだ。
小さくて、弱々しくて、清らかな、世界でただひとりしかいない、大切な小鳥。
こんなくだらねぇ学園のてっぺんに居座ってたって、くそも面白くねぇって思ってた。
けど、今初めて良かったと思った。
全力でもって、あいつを独り占めしてやる。
誰にも手出しはさせねぇ。
けどあいつに泣かれると…もう強引も乱暴もできなくなって、どうすればいいのかわからなくなる…。
泣くと何倍も可愛く見えるとか…反則技だよな。まじで敵う気がしねぇんだけど…。
ああくそ。
小鳥の飼い方なんて、知らねぇんだよ…。