テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
どうやら私は、初めて経験した幻覚に驚き、そして慄いた挙句に情緒不安定になったようだ。依然として涙は止まらず、身体もガチガチと震えてはいるが、登山鉄道の心地よい振動とともに、次第にそれもなくなった。
車窓には田園が広がって、遠くの山々には虹がかかり、小川や石橋や満開の桜の木々も見える。
短いトンネルを抜けると、白い砂浜に色鮮やかなパラソルが点在し、入道雲にセスナが突っ込んでいくのが見えた。
私は直感した。
この登山鉄道は、よく出来たVRでアトラクションなのだと。
私はそれにまんまと騙された、資本主義社会の犠牲者た、
ネギと鍋を背負ったカモである。
中吊り広告もよく出来ていて、三途の川巡りは豪華客船でとか、冥土土産は京極屋の海苔等々、思考を凝らした文言が並んでいるではないか。
運転席に目を向けると、自動運転なのだろう、席には蓮の葉を傘がわりにしたカエルの置物が鎮座していて、速度計は7億キロ(秒)と表示されていた。
私は途端に阿呆らしくなった。
この世と別れるつもりでいたのに、これから向かう先は、都市伝説の名を借りたテーマパークなのだから。
正直、泣きたいくらいに笑える。
私は深呼吸をした。
次の駅で降りて、思い出のホテルへ向かおう。
決意がブレる前に、さっさとこの世界からさよならをしよう。
「次は停留所1番、ホームとの隙間がありますので、お足元にお気をつけください。傘の忘れものが多くなっています。降車の際にはお手荷物を今一度、お確かめください。次は、停留所1番です。ラーメンのりこは、こちらの停留所が便利です。塩ラーメンならラーメンのりこ。さっぱりすっきり家庭の味、ラーメンのりこは停留所1番から徒歩5分。ラーメンのりこをご賞味ください」
車内アナウンスと同時に、登山電車はトンネルに入っていった。
私は耳を疑った。
ラーメンのりこは、私が幼い頃、ママが営んでいた小さな店で、女と逃げた父親が残した唯一の財産だったからだ。