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正直、気まずかった。
よりによって、こんなところで鉢合わせるなんて。
多分、お互いにそう思った。
「買い物?」と先に口を開いたのは、麻衣。
「うん。麻衣も?」と聞きながら、私は麻衣の横に立つイケメンの若者に目を向けた。
以前の飲み会で聞いた、二十五歳の後輩だとすぐに分かった。髪がうねっている。
龍也も、同じだろう。
「うん……」と、麻衣が戸惑いながら頷いた。
飲み会の様子では、麻衣が私たちに乗せられて後輩を意識することはなさそうだったけれど、予想が外れたよう。
「今日は偶然が重なるな」と、龍也が言った。
「俺とあきらも、さっきそこでバッタリ会ったんだよ」
そう言って、龍也は親指をクイッと反らせて、来た道を指さした。
私の為だと思う。
私が、私たちの関係を知られるのを嫌がっているから。
「そうなんだ」と、麻衣は少しも疑う様子を見せない。
「麻衣さんは、デート?」
「えっ!?」
麻衣はあからさまに動揺した。
それを見て、隣の若者が少ししゅんとした。
なるほど。
思うに、麻衣はこの若者に押し切られる形で札駅にいるのだろう。
そして、若者は麻衣が自分と一緒にいるところを見られて戸惑っていることに、少なからずショックを受けている。
「前に話していた、後輩君でしょ?」と言い、若者に向き直った。
「こんにちは」
「こんにちは」
チラリと麻衣を見る。
麻衣は、私と龍也が良からぬことを言わないかと心配そう。
「鶴本くん……よね?」
「はい。鶴本駿介です」
「麻衣の友達の桑畠あきらです」
「谷龍也です」と、龍也も私に続いて挨拶をした。
道行く人の邪魔にならないよう、どちらからともなく端に寄った。
「二人はどこに行くの?」
麻衣が、鶴本くんより一歩前に出て、聞いた。
「電機屋」と、龍也が答えた。
「え!? 一緒に?」
「ん。目的地が一緒だったから」と、今度は私が答えた。
「あ、そうなんだ」
「ついでに、忘年会の店も決めようかと思って」
龍也に言われて、思い出した。
私と龍也が、忘年会の幹事だ。
「そっか!」
麻衣が、変なテンションで言った。
「じゃ、明日ね」と、私から別れを切り出した。
「明日?」と、龍也が聞いた。
「女子会するの。四人で」
「そうなんだ」
「あ、じゃあ、行こうか」と、麻衣が鶴本くんを見上げて言った。
身長が百五十五センチ程の麻衣は、鶴本くんの肩くらいに頭がある。
私と麻衣は別の方向に歩き出そうとしたが、龍也は違った。
「鶴本くん」
龍也が鶴本くんに一歩近づく。龍也が、ほんの数センチ鶴本くんを見下ろした。
「鶴本くんは巨乳好きなの?」
周囲には聞こえない、けれど私たちには聞こえる声で、言った。
龍也が何を言い出すのかと、私までハラハラする。
「それとも、コスプレ好き?」
龍也が、他人に挑戦的なことを言うのは珍しい。
「違います!」と、鶴本くんが言った。
「俺は、麻衣さんが好きなんです」
きっぱり。
その一言で、私は鶴本くんを好きになった。
きっと、龍也も。
「そっか。なら、いいよ」
「なんで龍也がOK出すのよ」と、私は龍也の腕を軽くパンチしながら言った。
「何となく?」と、龍也がおどけて笑う。
「鶴本くん。一方的に麻衣さんを傷つけるようなことがあったら、おっかないお兄さん三人が黙ってないから」
「ちょっと、龍也!」
麻衣が慌てて龍也に詰め寄る。
「やめてよ、変なこと言うの」
「本気だよ。俺じゃなくても、大和さんも陸さんも、きっと同じことを言うよ」
「鶴本くん、脅しじゃないよ? OLCの男どもは麻衣のことを溺愛してるからね。実際、麻衣を泣かせた男を締め上げたこともあるし」
そうなのだ。
大学の頃、麻衣が同じ大学の男にSMを強要された時、大和を始めとするOLCの男どもが、あわや暴力事件を起こしそうになった。
そうなる前に、相手の男が逃げ出して、事なきを得たけれど。
「だ、大丈夫です! 泣かされるのは……俺の方だと思うんで……」
ははは、と鶴本くんが少し情けない顔で笑った。
「もうっ! 龍也もあきらも物騒なこと言わないで」
「はいはい。じゃ、ね」と言って、私は龍也の腕に触れた。
「行こう、龍也」
「ん。あ、ちょい待ち」
龍也が鶴本くんに近づき、耳元で何か囁いた。
私と麻衣には聞こえない。
「じゃ」
私と麻衣は互いに手を振って、別れた。
私と龍也は札駅に隣接した電機屋に向かう。何となく振り返ると、エスカレーターで上がっていく鶴本くんの背中が見えた。麻衣は後ろの男性に隠れて見えない。
「鶴本くんに、何を言ったの?」
「ああ」
龍也が私の肩をグイッと抱き寄せた。私が彼を押し退けようとする前に、解放されたけれど。正面から歩いてきたガタイのいいロシア人らしき外国人の男性三人に、私がぶつからないようにしてくれただけだった。
「気合い入れて気取った店とか行かない方がいいって教えてやった」
「なに、それ」
「ま、先輩後輩としての付き合いは長いんだから、余計なお世話かもしれないけど」と言った龍也は、すごく楽しそう。
「そんなこと言われたら、余計に迷うんじゃない?」
「おススメは焼肉だって言っといた」
「えーーー。初デートで焼肉?」
さっきの麻衣の服装を見たら、焼肉はないんじゃないかと思う。
「だから、だろ? 背伸びしない方がいいんだって」
「それって、経験?」
「気になるか?」と、龍也が少し得意気に私を見た。
「別に? けど、真っ白なブラウスを着ている彼女に焼肉は、ないかも」と、私はツンと目を逸らす。
「マジか」
「マジよ」
格好つけても、つけきれないのが龍也。
「ま、嫌なら嫌って言うでしょ、麻衣」
「……だな」
「あ、在庫処分してる」
今使っているノートパソコンも、在庫処分で格安で買ったものだった。五年位前に。
その時は、勇太と買いに来た。
勇太もパソコンを買ったけれど、在庫処分は嫌だと言って、最新モデルを買っていた。
「龍也は、型落ちして安いものより最新モデルの方がいい?」
「いや? 性能次第だな。同じ金額なら、型落ちでも高性能《ハイスペック》な方がいい」
些細なことだけれど、自分と龍也の共通点が、嬉しい。
「で? どんなんが欲しいんだ?」
「今のより小さくて軽いのがいいかなぁ」
知らなかった。
龍也がパソコン関係に詳しいこと。
いや、知ってはいたけれど、こんなに詳しいとは知らなかった。
展示品を一通り見て、パンフレットにも目を通して、店員さんにも話を聞いて。私は在庫処分品の中の、一番スペックのいいものでいいと思ったけれど、そこは龍也がこだわってしまって。
結局、一時間ほどパソコン売り場に居座って、龍也が三台まで絞り込んだ。
龍也が言うには、どれもスペックは同じだけれど、メーカーが違い、メーカーが違うと売りが違うという。
動画を見たりテレビ代わりにするなら、コレ。音楽を聴くなら、コレ。とにかく軽いのなら、コレ。
結局、私は軽いものを選んだ。
在庫処分品ではなかったけれど、龍也が店員さんと交渉して、ポイントアップとシリコンカバーとUSBメモリをサービスしてもらうことに成功した。
さすが、営業マン。
知らなかった龍也の一面が見れた、一日だった。