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*****


前回の飲み会の後、龍也から大和がさなえのことを本気で心配してると聞いた。

それで、千尋と相談して、早々に女四人でランチに行くことにした。

ホテルのランチビュッフェ。

さなえが金額を気にしそうだと、麻衣が割引券を貰ったことにした。実際は、メル〇リで購入した。

十一時から四時までのんびりできるホテルを選んで、予約した。

さなえが文字通り目を輝かせてテーブルいっぱいに料理を持って来たのを見て、私たち三人は嬉しくなった。

さなえはあまり愚痴を言わない。

旦那の大和が私たちの仲間だからというのも理由だろうけれど、そもそも気持ちが常に前向き。

いつも、私たち三人の仕事の愚痴を、『大変だねぇ』と聞いてくれる。私たちが『子育ての方がよっぽど大変でしょ』と言うと、『大和のお義父さんとお義母さんに助けてもらってるから、全然だよ』と言う。

で、私たち三人は揃って言う。

『大和には勿体ない嫁だ』と。

だから、飲み会でのさなえの言葉は、みんなが驚いた。本当に。

「みんな、ごめんね」

それぞれ最初に持って来た皿をあらかた食べたところで、さなえが言った。

「この前、私があんなことを言ったから、気にして誘ってくれたんだよね?」

「そんなわけないじゃない! 私たちが会うのに理由とか必要ないでしょ?」と、麻衣が言った。

「そうそう。今日は、麻衣から報告があるからって集まったんだよね」と、私が言った。

「ね? 麻衣」

今日は、弄り倒すつもりだ。

昨夜、龍也も言っていた。

『麻衣さんの恋バナ、楽しみにしてる』

麻衣も覚悟していたようで、チラリと私を見ただけで、自分から口を開いた。

「彼氏が……出来ました」

少し照れながら、麻衣が言った。

「え!? マジで!?」

いち早く反応したのは、千尋。

「誰!? 後輩君!?」

「うん……」

「告られたの?」

「うん」

「よくOKしたね? この前は七歳も年下なんて、って言ってなかった?」

昨日、麻衣と会った時に、思った。

若い。

麻衣も実年齢より若く見えるけれど、それはパッと見の話しで、実際に若いのとはやっぱり違う。会話だったり、仕草だったり、落ち着きだったり、そういうのは年齢とともに培われていくものだから。

けれど、鶴本くんは本当に若かった。

私と龍也を前にして、緊張して顔を赤くしたり、ちょっとした挑発も上手く流せずに正面から切り返してきた。

そういうところが、幼いと感じた。

同時に、いいな、とも。

「押し切られた感じ?」と、さなえが聞いた。

「麻衣ちゃん、強引なのに弱いじゃない?」

「うん……」

確かに。

私の知る限り、麻衣の恋人だった男はかなり強引なタイプが多かった。

いつだったか、強引な男は頼れる気がする、と話していたし。

「年下だけど強引?」と、千尋がクスッと笑った。

「激しそ」

「やっぱり……そう思う?」と、麻衣が小声で言った。

「違うの?」

「わかんない」

「え? いつから付き合ってんの?」

「昨日」

「マジか」

千尋の質問攻めが途切れ、麻衣が飲み物を取りに立った。さなえも一緒に。

「で? どうして麻衣に彼氏が出来たことを知ってたの?」

スルーされたかと思っていたが、千尋の目は誤魔化せなかった。

「昨日、札駅で会ったの」

「ふぅん?」

千尋が横目で私を見る。

補足説明を催促する、ねちっこい目つき。

「龍也と出掛けた」

「珍し」

「新しいパソコンを買うのに、車出してくれただけ」

「へぇ」

わかっている。

千尋は、私がルールを曲げた意味に興味がある。

私が、龍也の気持ちに正面から向き合うことを、望んでいる。

「千尋が思っているようなのじゃないから」

「思ってるようなのって?」

「千尋!」

クスクスと笑って、千尋が立ち上がった。

「あ、麻衣たちが戻ってきた。私も持ってくるけど、あきらは?」

「アイスコーヒー」

「はいはい」

千尋に、私の身体のことや龍也とのことがバレたのは、本当に偶然だった。あの偶然がなければ、私から話すことはなかった。きっと、今も。

けれど、千尋が知ってくれているお陰で、少し気持ちが楽のなのは事実。

千尋も同じように思ってくれたら、いいと思う。

私と千尋のしていることを、きっと麻衣とさなえは理解できない。それどころか、軽蔑するだろう。それは、嫌だ。

「それで? 鶴本くんもやっぱり大きい方が好きだって?」

「え?」

千尋がにやにやしながら、麻衣の胸に視線を落とす。

昨日はコートの隙間から真っ白いブラウスが見えたけれど、今日は淡いピンクのニット。身体のラインが強調されるからニットは好きじゃないと言っていたから、珍しいなと思った。

「千尋。顔がエロおやじみたいになってる」

「ひどっ!」

「いいじゃない。大抵の男は大きい方が好きだろうし? 胸が好き、じゃなくて、胸も好き、なら問題ないよ」

さなえが飲み物と一緒に持って来たゼリーをちゅるんとすすった。

「それに、子供を産んだらしぼんじゃうんだから、綺麗なうちに堪能してもらったらいいよ」

私たち三人は、顔を見合わせた。

この前といい、今といい、どうもさなえらしくない。

「ねぇ、さなえ」

私と麻衣が言葉を選んでいる間に、千尋が切り出した。

「大和のこと、怒ってるの?」

「なんで?」

「この前の飲み会、さなえが帰った後に大和から話を聞いたけど、悩みっていうかストレス溜まってたりしない?」

「……そんなこと……」

さなえが目を伏せる。

「大和、さなえが隠れて泣いてたの、こたえたみたいよ」と、私が言った。

「さなえに色々我慢させてるんじゃないかって、気にしてたよ」と、麻衣。

「たまには愚痴を言って、家事ボイコットしてやったらいいんだよ」と、千尋。

さなえの肩が小刻みに震え、泣いているような気がした。

「さなえ?」

「大斗を妊娠してから……シてないの……」

グズッと、さなえが鼻をすすった。

「もうずっと、キスも――」

「え!?」

大学時代の大和とさなえは、仲が良かった。見てる私たちが恥ずかしくなるくらい、いつもひっついていた。

大和が卒業してからも、寂しがることはあっても気持ちが揺らぐ素振りなんて見せなくて、さなえは大和一筋で幸せそうだった。

その頃の二人の印象が強いから、尚更驚いた。

麻衣がバッグからミニタオルを取り出し、さなえに手渡した。さなえがそれで涙を拭う。

「大和から誘われたりしないの?」

日曜のランチタイムに堂々と話せることではなく、千尋は少し小声で聞いた。

さなえが無言で首を振る。

「さなえからは?」

首を振る。

「寝室は? 一緒?」と、私は聞いた。

首を振る。

「大斗の夜泣きとか、私以外を受け付けない時期があって、寝室を別にしたの。それから、ずっと別で……」

「え!? そうなの?」と、麻衣が驚いて言った。

「最近の夫婦には多いみたいよ? 寝室を別にして戻せないままレスになるって」

いじめや不登校問題の傾向と対策を考える中で、某企業が小学生の子供を持つ親を対象にアンケート調査を実施した。アンケートの項目に、夫婦仲について、かなり突っ込んだ質問があった。

セックスの頻度、セックスにかける時間、セックスする時間帯、子供にセックスを見られたことがあるか、夫婦の寝室は一緒か、一緒の場合ベッドも一緒か、子供と同室か、子供が眠っている部屋でセックスをしたことがあるか、など。

「三十代の夫婦で寝室を別にしている割合が十五パーセントだって聞いたことがあるわ。寝室が一緒でもベッドか別っていうのが五十パーセント、同じベッドで寝ているのは三十パーセントなんだって」

「へぇ……」

「で、三十代夫婦の約半数はレスだって」

「そんなに!?」

これには、千尋も驚いたよう。

「そ。しかも、レス夫婦の子供はいじめられたり、身体が弱かったりするんだって」

「え――」

さなえの表情が凍りつく。


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