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コメント
2件
絵に描いたような幸せな光景だね…はたして二人は一生の伴侶となるのかな
第66話、じっくり読ませてもらいました。 シオンが桜子の実家に自然に溶け込んでいく姿に、胸がじんわり温かくなりました。特に「人間性だけで好かれている」という桜子の気づきが深い。彼が「帰る場所を持たない人の懸命な態度」で家族の輪に入っていく様子と、それを見守る兄の「一生に一度は家族以外の誰かのために生きてみるもんだ」という言葉が、作品全体のテーマを静かに照らしているように感じました。 それにしても、シオンが桜子の知らないところで両親と関係を築いていたエピソード――特にカントリーミュージックをスマホに入れてあげた場面は、彼の人柄がにじみ出ていてとても好きです。次の東京行き、物語がどう動くのか気になりますね。
世間は、シオンと同棲を始めてから初めての正月休みに入っていた
不思議なことにシオンには桜子と出会う前の人生への未練がまるでないようで、故郷には完全に別れを告げてきたのだろう、正月休みも二人は当たり前のように一緒に過ごした
シオンたっての希望で、桜子は美木家の正月の集まりにシオンを実家に連れて行った
桜子にとって、両親が自分を愛してくれていることは紛れもない事実だった、ただし、それは親なのだから当然の「初期設定」の様なもので改めて意識したこともない
だからこそ、シオンが桜子の両親に必死で好かれようとする姿を見ていると、胸の奥が少し切なくなった、彼は幼い頃に父親を亡くし、母親は再婚して今は別の家庭を持っている、帰る場所を持たない人の懸命な態度だった
色とりどりのおせちが広げられているコタツの前で箸をつついていた桜子の兄、製造業経営者の正二が、ふいに口を開いた
「いいんじゃないか?アイツ」
「アイツって・・・シオン君のこと?」
桜子はキッチンに視線を向けたまま兄に尋ねた
キッチンでは母と義姉がトンカツを揚げている、その横でシオンが楽しそうに手伝っていた、油の弾ける音と台所いっぱいに広がる美味しそうな匂いに三人の笑い声が重なっている、リビングのテレビの前では兄の子供の大学生の甥っこが父と寝っ転がっている
桜子自身は実家の食事の手伝いを極力避けてきた、だからその輪の中にいるシオンの姿は、まるで最初からそこに居た家族の一員のように見えた
母は手を動かしながらもっぱら自分の関心ごとの、隣家の二人の息子がことごとくグレて、今では反社になり下がってしまった家庭の事情を、誰よりも詳しく一生懸命に二人へ語って聞かせている
義姉は「うんうん」と興味深そうに相槌を打っていた、母の世界では近所の噂話をする際の聴衆はこれまで義姉一人だったが、これからはそこにどうやらシオンも加わったらしい
お猪口でクイッと日本酒をあおり、ほろ酔い気味になった兄がポツリと言った
「十歳差だし、お前達の間には子供ももうけられないだろうけど、あるんじゃないか?お前の小説で言う『二人でいつまでも幸せにくらしましたとさ・・・』がだよ、アイツは俺達と家族になりたがっているじゃないか、アイツと結婚しろよ、桜子」
「兄さん・・・」
思いがけない言葉に桜子は返事を見つけられなかった、兄は酔っていても冗談を言っている目ではなかった
「幼い頃に両親の愛情を受けずにおばあちゃんに育てられたアイツだからこそ、そこらの若者のような浮ついたところが無くて、母さん達と仲良くしてるだろ?お前にもそういうものを求めているんじゃないか?母親的なさ、俺の見たところアイツは野心より家庭を大事にするタイプだな」
兄は箸を置いた
「一生に一度は家族以外の誰かのために生きてみるもんだ、桜子」
キッチンの笑い声が、少し遠くに聞こえた
「それはきっと、とても幸せだと思えるさ」
経営者として何百人もの人間を見てきた兄の目はやはり正しかった、シオンは驚くほどのスピードで桜子の家族に溶け込んでいった
桜子が一人暮らしで独身を謳歌していた頃よりも、今のほうがずっと頻繁に実家へ帰り両親と顔を合わせるようになっていた、それどころか、シオンは桜子の知らないうちに母を連れてよく出かけていた
使っていたのは税金対策で、買ったまま駐車場に置きっぱなしになっていた桜子の黒いスズキアルトだ、そのアルトに母を乗せてシオンは青空野菜市場へ向かう
母は一度買い物に出るとあちこちに寄り道をしてなかなか帰ろうとしない、桜子が極力避けてきたその付き合いをシオンはとても気持ちよく引き受けていた、それだけではない
父の趣味はカントリーミュージックで、いまだにレコードプレイヤーで楽しんでいるが、シオンはそれを外出先でも聴けるようにと、スマホのオフラインミュージックアプリにダウンロードして父に渡していた、これも桜子がまったく知らなかったことだった
シオンが一緒にいると、両親は桜子が一人の時よりもずっと自分達のことを話した、自分たちの健康のこと、そして桜子をどう思っているかまで
桜子はこの年になって初めて、両親が自分のことを褒めてそれをシオンに聞かせている場面に出会った、二人は、桜子を作家として誇りに思っていた
その事実を知らなかったのは桜子だけで、シオンから聞かされる彼女の知らない所で語られていた誇らしげな娘自慢がなぜかこそばゆく、少しだけ心を温めた
しかし何より驚くのは、ベストセラー作家でもなく、二人の子供でもないシオンがただ「人間性」だけで家族に好かれている・・・それこそが桜子にとっては何よりの驚きだった
やがて両親は言い出した、自分達が動けなくなって施設へ入る時が来たら、桜子と二人でこの家を改装して住めばいい・・・と
「あんな良い子はいないから早く結婚しろ」とそう毎回繰り返す母の声には冗談の色がなかった、そんなふうにして、シオンがごく自然に家族の中へ加わった正月休みを過ごした後のことだった
桜子のもとに、世話になっている出版社から新年会参加の知らせが届いた、桜子は一泊の予定で東京へ向かうことになった