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残業の件も、あの後すぐに部長から話があり「仕事量は私が決める、まず私を通すように」と、仕事改革だと名目に無謀な量の書類が回ってくることも少なくなった。
常葉くんとも問題は今のところないし、残業も随分短くなったし、頭を悩ませていたものが晴れて全てが順調に進んでいる。幸せだ。
始業よりずいぶんと早めに到着したから駐車場に並ぶ車もあまりない。二人で歩き、ちら、と隣を見上げれば甘いマスクを眠そうに崩す彼がいる。
会社の敷地内なのに、もう緩みかけるので両手で頬を伸ばしてそれを堪えた。
「何してんの」地下駐車場に嫌そうな声が響くので、すぐに「表情筋を鍛えてるんです」と苦し紛れの言い訳を唱えた。
「へー。その無表情には弛まぬ努力があるんですね」
興味のない声に、「そうですよ。崩さないように日々努力してるんです」と、口を尖らせてみる。
地上へ向かうエレベーターがやって来ると中は空っぽなので、2人で乗り込みボタンを操作していればドアが閉じた瞬間に顎をくい、と持ち上げられた。
驚いて目を見開くと、首を傾けて近寄る彼が至近距離に広がる。
唇に触れる体温、鼻の奥まで広がる常葉くんの香り、閉ざされた空間に小さなリップノイズが響く。
顔が離れると、目の前には勝ち誇るような表情の彼がいて、鳴りっぱなしの胸は一段とうるさい音を立てる。
「はい、崩れた」
意地悪な事をされたって、あぁ、やっぱり幸せだ。ロビーまで出ると少し距離をとって、顔の熱を冷ましながら受付に立ち寄った。
今日も既に出社している柿原さんは、私たちを確認すると短く挨拶をして「お二人がご一緒なのは珍しいですね」と、懸念したことを口にするので、心臓に冷や汗をかく。
「たまたま雨で、早めに出たので」
「そうなんですね。常葉さんが早いのも珍しいですね」
「はい。偶然です」
常葉くんが言うと、柿原さんは納得したのか分からないけれど手元を動かした。
「こちら今日の書類です」
爪先まで綺麗な彼女から書類を貰って、先に立ち去ろうとすれば「常葉さん、今日打ち上げですよね」と、聞き捨てならい言葉を聞かせるのでピタリと動きが止まる。
「忘れてた。今日でしたっけ」
「そうですよ、大里さんが幹事を張り切ってましたよ。行くんですか?」
そして物陰にひっそりと隠れて二人の会話に聞き耳を立てた。
「顔出すだけなら行こうかな」
「そうなんですね、じゃあ私も行こう」
何故常葉くんの意見で決めるの!?
思わず振り向こうとしたけれど、ポン、と、エレベーターが到着した音が耳に届いて慌ててそれに乗り込んだ。柿原さんにはトラウマがあるのを今更思い出して、胸が騒いだ。
何度か一緒に過ごして彼女の人柄には触れたけれど、元彼と別れるきっかけになった人だ。
──……まさか、また?
心に疑念を抱くけれど、首を横に振ってそれを打ち消す。
……そもそも、常葉くんが私の彼氏だって誰にも話していないから、たまたまだよ。うん。それに柿原さんには彼氏が居たはずだ。
……気にしすぎ、だよね。
おはようございます、と、いつもの挨拶をしてオフィスに入ると、先に出社していた部長が「穂波、早いな」とよく通る声を聞かせた。
「はい。雨でしたので」
「そうかそうか。……穂波、何かあったか?」
「え?」
「いつにも増して怖い顔してるぞ」
「あ、これセクハラか?」と、彼は豪快に笑うので、急いで眉間の皺を伸ばした。いつの間にそんな顔をしていたのだろう。
自分のデスクに座る頃、スマホが震えた。
〝今日は飲み会なんで、飯はいりません〟
やっぱり、行くんだ。
この前まで取り組んでいたプロジェクトは先週末に終わったし、さっき大里さんと聞いたからそれの打ち上げだろう。
…………帰って来たら聞いてみよう。
うん。一人頷いて、先程受け取った書類に目を通した。
#オフィスラブ