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フゥー!と、親分猫が、タマを叱咤していた。
「ええっ、だって、タマは、一匹ですよ!一度に、通詞《つうやく》できませんよぉ」
「あら、タマ、どうしたの?」
困り果てている、タマに、徳子《なりこ》が声をかけた。
すると、親分猫が、ビシッと、背筋を伸ばして座り直し、徳子へ向かって、にやーんと、鳴いた。
「あらあら、ご丁寧に」
「え!母上、猫の言葉が分かるのですか!」
守満《もりみつ》が、驚く。
「いえ、言葉は、分かりませんが、気持ちは、分かりますよ?何やら、丁寧に、鳴いているでは、ありませんか?」
「あー、お方様と、ゆかりがあるそうですよ。親分は」
タマが、補足してきた。
「えっとー、なんだか、よく、わからないんですけどー、親分の、ばあちゃんが、世話になって、助かったって言ってます」
「まあ!母上、親分猫の、ばば様のお世話をされたのですか?!凄い!親分って、偉いのでしょ?その、ばば様なら、もっと、偉いはずですわ!」
守恵子《もりえこ》に問われても、徳子は、記憶を辿りつつも、何の事かと、頭を悩ましていた。
「干し魚屋の猫だと、言ってますよ?」
「あ!」
「おお!」
徳子に続き、守近も、何かを思い出した風で、親分猫を見た。
「え!それは!もしかして!」
常春《つねはる》も、続く。
「え~、わかるんなら、タマの通詞、いらないよ~、一度に、いっぱい言われて、タマだけじゃ、できないもの~」
弱音を吐くタマに守恵子が、手を差しのべる。
「一度に?タマ、何故、一度に、猫はお喋りしてくるの?」
「えっと、守恵子様、ちょっと待ってください。親分が、喋ってるので!」
「いや、タマよ、通詞は、要らないよ。この猫は、武蔵野、つまり、たま、の、子孫なんだね?」
守近が、言うと、親分猫は、にやーんと、鳴いた。
「あー、そうだわ、たま、は、いつも、にやーんと、鳴いていた」
いや、母上、猫は、にゃーんでしよ?と、守満は、思いつつ、常春の袖を引き、どうゆう事かと、尋ねかけたが、常春まで、浮かれていた。
「お、おい、常春よ?!」
置いてきぼりを食らって、守満と、守恵子は、さっと、タマを見た。
「うーんとー、えっと、昔ですね、ばあちゃんが、徳子様に飼ってもらってたって」
「兄上?」
「もしかして、それは、少将様の猫騒動の話なのではないかなぁ?」
守満の、自信なさげな、つぶやきに、親分猫が、ニャー!と、勢い良く鳴いた。
「ああ、なるほど!」
言って、守満は、膝を打ち、ハハハと、大笑いする。
「兄上ー!」
「守満様ー!」
守恵子と、タマだけが、わからずじまい、という状況に、我慢ならぬと、地団駄を踏む勢いで皆を見る。
「あのね、守恵子、これは、話せば、長くなるんだよー」
笑いながらも、守満は、守恵子に、概略を説明した。
「まあ、では、紗奈姉様《さなねぇさま》が、干し魚屋から、もらってきた猫を、母上が飼って、その、猫がいなくなってしまったのを、検非違使《けびいし》だった、髭モジャが、探したのですかー。まあーその、子孫だなんて……」
「あれ?本当のところと、微妙に、話が、変わってますねー」
常春が、守満が語った、猫騒動の話について、不服そうな顔をした。
「猫の名付けが割れて、守近徳子、と名づけてしまったんです。そしたら、守近徳子猫が、居なくなって、屋敷総出で探したのですが、そこへ、髭モジャ殿の一行が通りがかり……、守近様と、徳子様が、失踪されたと勘違い。で、屋敷に、押し掛けてきて、押し問答。その間、私と、紗奈が、偶然、縁の下で、子猫を産んでいる守近徳子猫を見つけて……その、子孫かぁー、なんだか、感慨深いなぁ」
「ああ、ほんと、成章《なりあきら》には、迷惑をかけてしまったわ。その騒動で、検非違使職を解かれてしまったのですもの」
「でも、そのお陰で、橘と、夫婦になったわけですし、当屋敷に居るわけですからねぇ。縁とは、本当に不思議なものですね、徳子姫」
ええ、と、守近夫婦も、遠い昔を懐かしがっている。
が──。
「……常春、成章って、誰だい?」
「さあ、私にも……」
初めて聞く名を、守満、常春は、不思議に思った。
「おや、髭モジャの事じゃないか」
守近の一言に、
えええーーー!!
と、一同、驚きの声を挙げる。