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魔王城・中庭。
春の風が花々を揺らし、昼下がりの陽光が芝の上に優しく落ちていた。
「……zzz……ぬくぬく……zzz」
ネムルはいつものように、木陰の寝袋に包まっていた。
緑がかった肌に銀の髪、毒壺を枕にして寝る姿は、すっかり“景色の一部”と化している。
しかしこの日、彼のまぶたがふわりと動いた。
「……ん、あれ……起きてる……」
側にいたトアルコが顔をのぞきこむ。
「ネムルさん! お目覚めですか?」
「……なんでそんなに嬉しそうなの……?」
「だって、ずっと寝てらしたから……心配で……」
「……心配されるの、久しぶり……ふしぎな気分……」
ネムルは体を起こし、ゆっくりと背伸びをする。
「なんか、夢を見たんだよ。昔の夢」
ネムルが語ったのは、彼がまだ“毒使い”と呼ばれていた頃のこと。
「毒ってね、嫌われるものだって思われてる。でもさ――
あるとき、毒でしか助けられない子がいたんだ」
それは魔素過剰で苦しむ少年を、“一時的に麻痺”させることで救うという行為だった。
誰もが手を引く中で、ネムルだけが毒の力で少年を眠らせ、命をつないだ。
「それ以来、ぼくは毒を“やさしいもの”にしたかった。
ゆっくり眠れる、安心できる、傷つかなくて済む……そんな毒をね」
トアルコは、そっと言った。
「……すごいです、ネムルさん。
“人を助けたい”って想いが、毒すら優しくしてしまったんですね……」
「……うん」
ネムルは微笑んだ。
「トアルコのとこ、あったかいもん。ここなら、やさしい毒でいられる気がする」
そして、彼は立ち上がった。
「ぼく……しばらく起きてようかな。
この城の毒草園、ちゃんと手入れしたくなってきた」
「えっ、毒草園……?」
「だいじょうぶ、やさしいやつだけにするから」
リゼが遠巻きに睨むように見ていたが、トアルコはぽつりと言った。
「……ネムルさんは、きっと毒を育ててるんじゃなくて、
“安心して眠れる場所”をつくってるんですね」
そう言われたネムルは、すこし照れたように、もう一度寝袋に潜った。
「じゃあ、安心ついでに……もうちょっとだけ、寝るね……zzz」
毒を扱う者が、やさしさのために目覚める日。
魔王城の中庭には、その日も穏やかな風が吹いていた。