コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「上野様は、犬が苦手ゆえに、タマは、人になりました」
「ああ、すみません。お気遣い頂いて」
上野様の為に、と、若人に言われて、かしこまる姿を、紗奈《さな》ったら、と、橘が笑っている。
「橘様?!平気なんですかっ!」
「平気じゃないけれど、そもそも、犬が、喋っていたぐらいですもの、人になっても、もうねぇ」
橘は、あっけらかんとしている。
確かに、それもそうだが、しかし……。
「まあ、あまり、深く考えずに。そして、どちらへ?」
若人が言う。
「そうね、開かずの間は、どう、かしら?」
「ああ、あそこなら」
「え?何処ですか?それって?」
と、タマが二人へ訊ねて来た所へ、何者かが、声をかけてきた。
「そなた達!ここで、何をしておるのじゃ!」
女房姿の女が、いつのまにか現れ、そして、皆を、怪訝に見ていた。
「ん?お前こそ、何をしている」
タマが、キリリと顔を引き締め、現れた女房へ向かって言った。
「私の事を知らぬのか?!親方様の命を受け、おなごを、連れて行っているだけだが?それとも、お前が、この者達の代わりになるか?」
「……いえ!親方様の!す、すみませんでした!」
女房は、あたふたと、逃げるように、去っていった。
「なにあれ!橘様!」
「ええ、何者かしら?と、いうよりも、とにかく、離れましょう。開かずの間が、正解のようね」
さあ、いらっしゃいと、橘に促され、皆は、その後へ続いた。
そのまま廊下を進み、母屋に当たる神殿に接する渡殿《わたどの》の一番隅、入口が板戸で覆われる、立ち入りを防ぐかのような房《へや》が見える。
橘は、板戸をこじ開けると、房へ踏み入った。
が、とたんに、きゃっと、小さく叫ぶ。
「た、橘様!」
「紗奈、下がって!」
橘の、やや、震えるような声を聞き、よくよく見ると、胸元には、刃物らしき物が、当てられている。
「う、うそっ!タマ!太刀をお使い!橘様を、救うのよ!」
「ははは、大丈夫ですよ、橘様、そして、上野様。髭モジャ様の仕業ですから」
「え?!髭モジャ?!なんで!!」
「あー、びっくりした。ほんと、なんで、お前様がいるの?!」
タマの言う通り、覚えのあるダミ声が、続く。
「いやー!すまん!驚かせてしもうて。と、いうより、ワシも、驚いてのぉ、つい、この様なものを、女房殿に突き付けてしもうたのじゃ!すまん!!」
開かずの間、と呼ばれるこの場所は、呼び名通り使われていない房で、元は、守近の乳母も勤めた、女房の仕切り役、武蔵野の房であった所。
武蔵野亡き今、橘含め、古くから屋敷にいる者達が、そう呼び、あえて、人を遠ざけている場所だった。
「あーまさか、この房を使う時が、来るとは……。で、お前様、いい加減、その、物騒なモノ、しまってもらえませんか?!」
「うわっ、すまん!!」
「さあ、紗奈、お入りなさい」
「おお、女童子《めどうじ》よ、粥があるぞ」
わーい!と、タマが、勢いよく房へ踏みこむ。
「上野様!早く、早く!粥ですよ!」
と、いわれましても……。なにがなんだか、状態の紗奈は、立ち尽くしていた。