テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
2件
久々に読みに来ました 最高です
待ってました…✨ 今回のお話は切ないですね…😭😭でも素敵でした💕
月の綺麗な夜だった。いつも通りに二人でシーツを乱して熱を交わしあった後、彼はまだ熱の籠もった気だるい身体を起こして白いシーツから抜け出ていった。「岩本くん……?」と声をかけたものの彼は珍しく反応をしてくれず、床に散乱したTシャツを指先で拾い上げてそのまま姿を消した。いつもなら隣で、俺が投げかけた本音に気恥ずかしそうな色を浮かべて、くしゃりと笑ってくれるのに。見えなくなった男の背中に向かって「どうしたの?」と続けて声をかけてみたものの想像通りに返事はなく、微かにベランダの扉が引かれる音がしただけだった。外の空気を浴びたくなったのかな。でも、なんで?その理由を探すようにぼやけた思考を巡らせていくと最後には冷たい事実に脳を刺されて、生命力を奪われて力なく座り込んでしまうように俺はベッドへと身体を深く沈ませた。 白い天井。壁の小さな隙間に埃が溜まるように、俺と彼の日々もそこには確実に刻まれている。ふとそんな壁にかけられた時計に目をやると、もう日付を回って一時間が経っていた。秒針の足音が、身体の中で脈打つ赤を意味もなく焦らせる。大丈夫、まだ、まだ大丈夫。また上手くやればいいんだから。だって俺も岩本くんも、…………。だから、なんだ。沈黙はそう言っている。全ての原因はそれのせいで、傍にいれる理由もそれのおかげだから。だから、だからこそ、どうすればいいのか分からない。俺も、彼も。
静かで薄暗い部屋に取り残された俺は、軽い眠気に包まれた身体で彼の背中を追った。床に触れる足裏が涼し気な感触に呑まれる。自分の行く末を甘受している千切れかけの糸のように、彼の内側はいつも冷たい。必死に俺の体温をわけても、色んな手で温めようとしても、届かない。
目「……岩本くん?」
リビングに漂う静けさに彼の名前が吸収されて消えていく。探していた姿はやはりベランダにあって、蒼さの残る夜空には煙たい白濁が舞っていた。自分が吸っている手前、「やめたら?」なんて言えないけれど、正直に言えばそれが少し寂しかったりもした。俺と3つしか変わらないから大した差はないのだけれど、俺よりも長く幸せを味わっていてほしいと願っているから。
しかし、そんなことを思いつつもリビングのテーブルに置かれた箱を手に取って俺は思わず表情を緩めた。……これ、俺の好きな銘柄じゃん。同じものを口に含んでいるという淡い特別感に俺の感情はふわりと浮遊した。どこまでも単純な自分自身に笑えてきた。彼が微笑めば心は安らぎ、彼が涙を流していれば胸は強く締め付けられる。
一見クールでちょっと怖そうで、それでも中身は物凄く優しくて真面目で努力家で。普段は理性的で淡白なくせに、俺の前だと子供のように欲張りになる。この胸に込み上げるあたたかさは紛れもなく純粋な愛おしさで、それは永遠に続くものだと本気で信じられるほど色濃く深いものだった。
カタカタと音の鳴る扉をそっと開けると慣れた匂いと涼し気な空気が鼻腔を掠めた。夏の夜風にさらされてじんわりと冷たくなった彼の身体をそっと抱きしめる。布越しに触れ合う彼の感覚が、爪先から俺を満たしていく。
目「なにしてるんですか」
岩「見れば分かるでしょ」
目「んー、そうじゃなくて。なんで急に?」
岩「……別に、そういう気分だっただけ」
紙に口付けをして煙を吐き出す彼の横顔を俺は指摘されるまでじっと見つめた。綺麗な輪郭、整った目、鼻筋も唇も、その全てを俺のものにしたくなる。背後から抱きしめた腕の力をぎゅっと強めてから首筋に軽くキスをすると、彼はふわりと笑って……くれなかった。先程からの普段と異なる様子を見ていたから驚きはしなかった。あぁ、やっぱり。それが素直な感想だった。
彼は空に漂う夜の空気をぼんやりと眺めながら、そっと目を瞑った。そうして再び開かれた瞳は薄く濁っていて、纏う雰囲気はどこか弱々しく哀しそうだった。またこの瞳だ。初めて身体を重ねたときは、こんな表情はしなかった。日が重なるにつれて徐々に現れて、デビュー発表がされてからは頻繁に溢れ出てくるようになった。
胸がぎゅっと締め付けられて、苦しくなる。彼の表情で、その時が来たのだと俺の頭は呆気なく理解してしまった。
目「待って、岩本くん……何も言わないで」
岩「目黒」
目「駄目、やめて、おねがい。ね、ほらこっち向いて」
幾度となく身体を重ねて、互いの愛を味わって、何度肌に触れ合っても、届かない。どれだけ懸命に手を伸ばしても掴むことのできない月のように、彼はいつも遠くにいた。必死に視界に入らないようにと逃げてきたそれが、もうすぐそこまで来ている。どれほど強く願っても、秒針は止まってはくれない。
ジリジリと迫りくる言葉に焦って理性を欠いた俺は、彼の顔を無理やりこちらに向けて強引にキスをした。それは、苦い煙草の味がした。
何度も何度も角度を変えては彼を貪り尽くすように乱雑な口付けを交わす。全てを忘れてしまえるように。引き剥がされても繋がっていられるように。
突然、触れ合っていた肌に濡れた感触がして薄く目を開くと彼の頬には細い川が流れていた。それは悲哀に満ちていて、三日月のように切なくて、どうしようもなく美しかった。指先でそっと撫でるように拭う。掬っても掬っても、それは止まらない。
やがて突き飛ばすように身体を離されて、彼は荒んだ呼吸の中で言った。
岩「……好きになんか、ならなきゃよかった」
か細く小さな声だった。それでもはっきりと、そう言われた。姿の見えない車の走行音が耳元を覆う。潔いほどに、頭の中には何の言葉も浮かばなかった。強制的にリセットされたように途端に空になった感情と感覚は意味をなさなくて、俺はその場で立ち尽くすことしかできなかった。
項垂れるように俯く彼に触れようと伸ばした手は虚空に留まってそのまま重力に流されていった。もうそんな権利も、俺には無いのか。
目「どうして」
岩「俺は、目黒の邪魔をしたくない」
意味は聞かなくても理解できた。それが酷く、胸を切り裂いた。俺のせいですか。俺があなたを泣かせて苦しめている元凶ですか。そう問えば彼を不覚にも責めてしまうと、冷静でない頭でも理解っていたから俺は口をそっと噤んで唇を噛み締めた。
ふとした時に思う。アイドルなんかじゃなければ、と。もっと自由だった、もっと傍にいれた、もっと別の幸せがあった。それは全て「かもしれない」だけであって、本気でそう思っているのかと問われれば首を横に振るけれど。例え冗談でもそう思ってしまうこと自分が嫌いだ。
やっと俺達に捧げられた「デビュー」という言葉。俺一人でここまで来れる訳がない。沢山の人の支えがあって、沢山の犠牲と愛があって、自分はここに立っているというのに。それなのに。あまりにも強欲で愚かな自分自身に腹がたった。
彼の指先から零れ落ちた煙草がベランダの床に身体を横たわらせている。火はやがて消えゆく。そう物語られては、俺は全てを抑え込むように目を瞑ることしかできなかった。
Sai
#今作は友達以上恋人未満じゃ無いです(´>ω∂`)☆