テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「話は終わったか?」
アオイの雰囲気が変化したのを、アビは敏感に察知する。
「貴様……気付いているのか」
「俺の中に『女神』が居るって話か?……それがどうした。俺は俺だ、それ以上でも以下でもない。たとえ違う身体に、違う人格が混じっていたとしてもな──俺は俺なんだよ!」
「お前は……一体何者だ!」
「俺は【アオイ】!ただのお酒が大好きな人間だぁぁあ!!」
「!?」
次の瞬間、アオイの姿が消える。
気づけば、アビの懐──いや、真下から振り上げられる鋭い拳!
「ッがぁあ!!」
アビは顎を打ち抜かれ、宙を舞い、天井に叩きつけられた。
こうして、【決戦】が──幕を開ける。
「死ねッ!アオイイイィ!!」
咆哮と同時に、アビは天井を蹴り抜けるように飛び上がる。
背中から伸びた四本の尻尾が、まるで巨大な蛇のようにうねり、アオイに向かって迫る。一本一本が鋼鉄の鞭のごとく唸り、空気を裂く音が部屋全体に響いた。
「っ……【流し】!」
アオイは反射的に体勢を低くし、尻尾の一撃を手のひらでいなしながら横へ転がる。
床に爪先を滑らせ、回避と同時に足元に魔力を流して反動を制御する。攻撃の流れを殺さず、連撃の動きを“流して”抜ける、武術の中級奥義。
「四人で四本の攻撃より、一人で四本は隙がねぇな……!」
尻尾はどれも生き物のように意志を持ち、絶妙な角度と速さで襲ってくる。
避けたつもりでも次の一撃がすぐ来る——そんな殺意の連続に、アオイは息を詰める。
「さっきの勢いはどうした!」
アビが吠える。地を滑るようにアオイを追い詰めながら、尻尾を螺旋状に展開する。
「お前が俺を“名前”で呼んでくれたから嬉しいだけだよ! 【白刃どり】!」
アオイは吼え、目前まで迫った三本の尻尾の軌道を読み切り、その白い指で寸分の狂いなく先端を掴み止める。
異様な柔軟性と瞬発力、そして正確な間合い——まさに勇者としての力が発揮された瞬間。
しかし——
「甘い!」
四本目の尻尾が、一瞬の死角から高速で突き出される。狙いはアオイの喉。
「——あぶねっ!」
アオイは身をひねり、ギリギリの角度で避けると、後方に大きく跳躍。背中から風を受けて床に着地し、すぐさま姿勢を立て直す。
着地の衝撃で足元の床がひび割れる。スニーカーが擦れて軋む音がした。
「……今の、マジでやばかった……」
だが、焦りはない。
前の自分なら、確実に貫かれていた。
しかし今は違う。
【勇者】として覚醒したその肉体は、アオイの知識と戦闘勘に完璧に応え、意識より早く“最適解”で動く。
それは、かつてのアオイにはなかった“戦士”としての直感。
「アニメ見てるおかげだな……!」
アオイは息を切らしながらも、笑った。
咄嗟に飛び出した身体操作、その直感の鋭さ。まるで少年漫画の主人公にでもなった気分だった。
「良く避けたな。では……これはどうだ?」
アビの背後で魔力が渦を巻き、瞬時に展開される無数の魔法陣。赤、青、紫、黒……色とりどりの光輪がアビの周囲に咲き乱れ、同時に炸裂。
「ちっ!【地割れ】!」
アオイは反射的に地面に拳を叩きつけ、魔力の奔流を放出。床に亀裂が走り、足元ごと崩壊させて下層の部屋へ滑り込むように落ちる。
直後、上層に残った空間が爆発音と光の洪水に包まれた。
「逃げても無駄だぞ!」
「くそっ、魔法使いながら追ってくるのかよ!」
アビは漆黒の翼を大きく広げ、爆煙を裂いて降下。コウモリの羽ばたきが起こす風が、部屋のホコリを舞い上げる。
アオイはすぐに走り出す。壁を蹴り、床を蹴り、天井に張りついて跳ねる。
地面に触れるたびに【補助魔法】が足元に発動し、滑走用の摩擦軽減フィールドが自動展開される。
「俺が考えるより早く動ける……!」
身体は、勝手に戦いの“最適解”を選び続ける。これは“勇者”としての資質——いや、本能だった。
「そこだぁぁあ!!」
「なっ!?」
アオイは走行ルートを一瞬で切り替え、足を鳴らして急停止からの旋回、ブーストジャンプで宙返りしつつ、背後から迫っていたアビの顔面に拳を叩き込む!
「がはっ!」
勢いそのままにアビの身体は吹き飛び、くるくると旋回しながら壁へ激突。衝撃波で壁面が大きくひび割れ、石片がパラパラと舞う。
「っは、はぁ……っふぅ……!」
アオイは荒く息を吐き、拳をぶらりと下ろす。
自動発動するサポート魔法で、戦いの流れは完全に掌握できている——だが、体力は確実に削られていく。
「サポートがあるって言っても、こっちはずっと全力疾走だっつーの……!」
汗が額を伝い、光に濡れた金髪がゆらゆらと揺れる。だがその目はまだ死んでいない。
その背筋から放たれるオーラは、確実に【勇者】の名にふさわしい気迫だった。
フラフラとアビも、血を流しながら立ち上がる。裂けたマントがボロボロとはためき、翼は血と魔力の滲みで濡れていた。
「はぁ……はぁ……この吸血鬼の王である俺に……血を流させたな!」
それは怒りとも屈辱ともつかない、どす黒い感情の混じった呻きだった。
「何が“血を流させたな”だよ!お前は今まで、何人の血を吸い、何人の命を弄んできた!?今さら自分の血に価値があると思うな!」
対するアオイの怒声は、深く、鋭く、空気すら凍らせるように響いた。
「フン、食料のことなど知るか。貴様ら人間など、我ら吸血鬼にとっては喰われるだけの家畜――その頂点に立つ俺を、こんな姿に貶めるとは……!」
「だまらっしゃい!」
その一言に、アオイの赤と青の瞳が怒りに染まる。
「百歩譲ってお前の歪んだ理屈に合わせたとしても、じゃあ“すひまるちゃん”はどうなんだ!同じ吸血鬼じゃないか!」
「すひまる?ああ、あの下級きゅうけ――」
しかし、アビの口が“吸血鬼”の最後まで言い終えることはなかった。
「うるさい……っ!!」
ドンッ!!
アオイの怒りは声ではなく、行動で示された。
転移魔法――否、空間を跳ねるように一瞬でアビとの距離を詰め、そのまま服の胸元をガッと掴み、全力で反対方向の壁へと投げ飛ばす!
「――どうせ、そんなことだろうと思ってたよ!」
ドォンッ!
壁に叩きつけられたアビの身体が砕けた岩と一緒に崩れ落ちる。
「お前ら“上の人間”は、下の奴らのことなんて覚えちゃいない。使い捨ての道具としか思ってないんだ。そういうのが……そういう奴らがッ!」
ビリビリとアオイの身体を包む魔力が共鳴し、周囲に走る衝撃波が床を焦がす。
「【私』を……【怒』らせるなよ!」
アオイは胸を大きく上下させながらも、睨みを逸らさない。
「お前みたいなのが王なら……いや、“お前みたいなの”が王だからこそ――」
「【私』に滅ぼされるんだよッ!!!」
「……ふざけるなああぁぁあっ!!」
アビはその怒声と共に、傷ついた両翼を広げる。
血の雫を撒きながら、背から伸びた猛毒の尻尾をさらに膨らませ、最後の力を振り絞るかのように空を切ってアオイへと飛びかかる!
「しねええええぇ!アオイイィ!」
全身の魔力を振り絞り、尻尾が暴れるように展開され――そのうちの一本が鋭くしなる!
その狙いは、アオイの首。
「っ!」
――だが、アオイはそれを一瞬で見切る!
「……甘いんだよ!」
迫る尻尾の刃をギリギリでかわすと、そのまま流れるように尻尾をがっちりと素手で掴む。
アビの目が見開かれる。
「な!?」
「男なら、歯くいしばっとけッ!」
アオイの怒声が響く。
次の瞬間――
ドガァッ!!
渾身の力で尻尾を引き、アビの身体を勢いのままに持ち上げ、反動をつけて真下の床へと叩きつける。
砕けた石床が舞い上がり、煙が視界を覆った。
「ッ……終わりだよ!!」
ボールの様に反動で跳ねたアビの身体の一点を狙ってアオイが構える。
「【魂抜き】ッ!!」
炸裂する掌底。
アビの顎が跳ね上がり、脳へ衝撃が突き抜ける。
全身が痙攣し、吸血鬼の王はそのまま白目を剥いて崩れ落ちた。
「………………」
辺りが静まり返る。
ピタリと止まっていた“時間”が、ゆっくりと回り始める。
空気が、音が、息吹が――戻ってくる。
アオイは一歩、アビのそばへ寄る。
動かない。もう、終わった。
アオイは黙って背を向けた。
今の彼女の目には、怒りも涙も、もう何も映っていない。
ただ、一歩一歩、静かに歩き出した。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!