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「莉央くん、おはよう」
「おはよう志乃」
君の声で私は安心できる。
君の姿で私は幸せを感じられる。
桜井 莉央くんは私の彼氏。
いつも優しくて、頼りになる自慢の人。
「莉央くん、今度のデートどこ行く?」
「あー、志乃が決めていいよ。」
「ほら、遊園地行きたいって言ってたでしょ?どこの遊園地とか言ってくれればチケット買うから。」
「うん、分かった」
いつも、私が行きたいところに連れて行ってくれる。
そんなところも好き。
「そういえばさ、志乃が好きって言ってたキャラクターのガチャがあったから回したんだ。」
「ほら、これ」
そう言って彼は、私の手に私の好きなキャラクター、うゆミンのストラップをのせてくれた。
「うゆミンだー!可愛い」
「莉央くん、ありがとう」
こういうところも好き。
私の好きなものを覚えておいてくれる。
それだけで私は嬉しい。
あなたが隣にいてくれるだけで私は嬉しい。
志乃は、彼女は優しくて可愛くて理想的な人だ。
明るいところも一緒にいて癒される。
でも、それは”好き”じゃない。
彼女が笑っていても、彼女と話していても愛おしいと思うことは一切ない。
彼女と付き合い始めたのは去年の夏。
今から約1年半前だ。
あの頃の俺は誰かに愛して欲しかった。
実際愛されていない訳でも無いのに、思春期特有の自分だけ愛されていないように感じるあれ。
そんな時に彼女に告白された。
特別仲がいいとかそういう訳でも無かった。
たまに連絡が来たり、話したりする普通のクラスメイトだと思っていた。
それに彼女は意外とモテるから彼女を好きな男なんて沢山いた。
にも関わらず彼女は俺を好きだと言った。
特別頭が良い訳でも運動ができるわけでもましてや顔が良い訳でも無い俺。
どこにでもいる平凡な男。
そんな俺に彼女が惚れる理由が分からなかった。
男に言い寄られすぎてとうとうおかしくなったのかと思いもした。
でも彼女は俺に好きだと一生懸命に伝えてくるのだ。
俺はその時、彼女の純粋な心を弄んだ。
何となくで了承してしまった。
そうやって1年半俺は彼女を騙している。
いつも嘘の好きを言う。
優しくて清い君にいつも俺は嘘をついてしまう。
「志乃!おはよう」
「おはよう、柚香」
彼女は私の親友の月乃 柚香。
かなり活発な子で背が高くてモデルみたいな子。
心の優しい頼りになる親友。
「あ、そういえばさ昨日桜井のこと帰りに見たよ」
「え?」
「なんか女の子1人と男子2人と歩いてた。」
少しだけモヤっとする。
柚香の言う”女の子”とは彼の所属しているバスケ部のマネージャー神崎 千華。
1つ下の後輩で可愛くて男の子に人気のありそうな子。
彼もその子のことをよく気にかけている。
それがマネージャーという同じ部活の人間だからなのか、1人の女の子としてなのかよく分からない。
彼女がいつも彼を”莉央先輩”って呼ぶ度に私の心の中は汚くなっていく。
あの子と一緒にいて欲しくないという嫉妬と莉央くんは私を分かってくれないっていう怒りで感情が交差して綺麗な私でいられない。
いつも彼が好きだという私の姿になれない。
もしかすれば彼が好きという私は彼の前だけで取り繕っている偽りの姿なのかもしれない。
だって私はそんなに美しくないから。
「先輩!お疲れ様です」
最近の癒しは一個下の神崎 千華だ。
可愛らしい子で人懐っこい。
「おーありがと」
「先輩今日もかっこいいです!」
こうやって俺の自己肯定感を上げてくれる。
彼女みたいに大切には出来ないけど、すごく必要になる存在だ。
「先輩今日もどこか行きますか?」
「あーごめん!今日俺彼女と帰る約束あるからさ」
「⋯あー、あの可愛い彼女さん!楽しんでくださぁい」
そうだ。一番可愛いのは志乃。
分かってるけど千華のことがどうしても頭から離れない。
志乃への感情は恋じゃない。
けど、千華への感情が恋だとするのなら俺にとって取るべきものはどっちなのだろうか。
莉央先輩を好きになったのは入学してすぐだった。
部活動体験の時に一際目立っていてプレーも顔もかっこよかった。
それが決め手でバスケ部のマネージャーになった。
莉央先輩は気さくで優しくて面倒見が良かった。
他の先輩も私を気に入ってくれてよく放課後遊ぶようになった。
入部して1ヶ月くらい経った時、正門前で話していると遠くから先輩を呼ぶ人がやって来た。
「莉央くーん!」
可愛らしい顔をしていて華奢な子だった。
本当に女の子という感じのする人で第一印象がものすごく良かった。
「志乃、お疲れ様」
その人が隣に来ると先輩は少し頬を赤らめた。
だから私は先輩に聞いた。
「先輩、この方は、?」
「あー彼女だよ」
何も隠そうとする様子もなくサラッと先輩は彼女だと答えた。
先輩にとって私はキープする存在でも浮気する相手にも満たないと言われた気がした。
「彼女さん、いたんですね。」
「うん。今日は彼女と帰る日だから。じゃあな。」
本当に先輩は彼女さんのことが好きなんだと思う。
純粋に恋をしている目。
好きな人の好きな人くらい分かるに決まってる。
「また、明日。」
そう呟いた時にはもう、先輩の姿は見えなくなっていた。
「結局さ、輝くんは私を利用したいだけなんだよ」
ショッピングモールのフードコート。
私たちの遊び場所。
ポテトを片手に柚香の恋愛トークがもう何分も続いている。
「でも私は辻井くん柚香に気あると思うよ。」
辻井 輝は柚香の好きな人で、頭が良くてメガネが良く似合う人。
柚香は自分と正反対の人を好きになりやすい。
何がそんなに良いのか聞くと魅力を感じるからだそう。
「輝くんはそうだとしても告白してくれない!」
「忍耐力鍛えられていいんじゃない?」
「またそうやって他人事!」
柚香はただひたすらに相手を思う気持ちでいっぱいだから。
だから上手くいくのかもしれない。
私は彼を思う時いつも、何を考えている?
あの子邪魔だなとか私にだけ笑顔を見せて欲しいとか多分”彼が好き”とそれだけを思ったことは無いと思う。
そうやって彼を私好みに変えたいだけ。
その感情を正しい正しくないだけで判断できない。
私はきっと、彼を嫌いになりたい。
もしも、彼女が俺を好きじゃないと言ったら俺はどうするのだろう。
彼女の純粋無垢なところが可愛くて好き。
だけど彼女がそれを俺の前だけで演じているのだとしたら?
俺がそういう子が好きと知っていて近付いたのだとしたら?
そもそも彼女が俺の事なんて好きじゃなくてなにか別の理由で告白してきたのだとしたら?
考えすぎなのだろうか。
「莉央〜?」
「あ、姉ちゃん帰ってたんだ。」
「どうかした?」
「いや、別に」
俺には3人の姉がいて上から沙也加、千沙都、愛珠沙という。
今俺に声をかけてきたのは2番目の千沙都だ。
「そういえば志乃ちゃん元気にしてる〜?」
「あ、まぁ」
姉ちゃん達によく彼女のことは相談していて家に連れてきたらすごく仲良くなっていた。
「私あの子好きなんだよねぇ。なんか一緒にいたら安らぐじゃない?」
「さや姉も言ってたよ、それ。」
「へぇ、沙也加も。まぁ沙也加はああいうタイプだし気合うんじゃないの?」
「そうかもね。」
俺がその”彼女”のことで悩んでるとは思いもせずにそう簡単と、。
「ただいま」
「おかえり、あず姉」
「おぉ!愛珠沙、ナイスタイミング!」
「なになに、なんかあった?」
「莉央の彼女いるじゃん」
「あの可愛い子?」
「そうそう、あの子愛珠沙もお気に入りでしょ」
そうやって全員が全員彼女のことを好くと俺の悩みが打ち消されそうで嫌になる。
彼女の誰でも好きにさせてしまうところはすごく好きではない。
「志乃ちゃんだよね?私あの子好きだよ」
「だよね!良かったね莉央!家族公認じゃん」
「うるせぇよ!社会人だろ働いてこい!」
「なに?まだ反抗期?」
「違うから!」
そうやっていつも家族は俺を可愛がってくれる。
それが心地よくて当たり前で、だから彼女にも愛されたくてしょうがないんだ。俺は。
「ただいま」
静まり返った無駄に広い家。
小さい頃からこの家が嫌いだった。
私の母は弁護士、父は医者。
いつも家には誰もいなかった。
姉はいるが年が離れていて社会人として働いている。
姉のことは嫌いではない。むしろ好きだ。
優しくて私の味方でいてくれる。
私の部屋がある3階まで行き部屋の戸を開ける。
自分の部屋なのに何故か虚しくて苦しくなる。
彼の家は暖かくて居心地が良かった。
これが幸せなんだって思えた。
私にも姉はいるし、彼とお姉さん達くらい仲がいいと思ってる。
だから、何が違うのかが分からなくて余計苦しい。
私は家にいる時いつも不幸せだと思ってる。
その考えがやっぱり嫌いだと改めて感じてしまう。
そう考えていると玄関のチャイムが鳴った。
「はーい」
戸を開けると仕事終わりの姉が立っていた。
「よっ!」
「お姉ちゃん、なんで」
「お姉ちゃんとお出かけしよ!」
そう言って私の腕を引っ張って部屋に入る。
姉の匂いが何処か知らない人みたいで、この家の住人では無くなったんだと心底羨ましくなる。
「やっぱ無駄に広いなーこの家、本当に嫌い」
「え?」
「志乃もそう思ってるでしょ?」
「うん」
姉も私と同じことを思っていたんだと嬉しくなる。
私もあと少しでこの家を出られるのかと思うと嬉しくて嬉しくて仕方がない。
私の部屋に入ると姉はドレッサーに私を座らせて、クローゼットを開ける。
私のクローゼットは私の好きなフェミニンな服ばかりで姉はとても嬉しそうにしていた。
「このワンピース可愛い!さすが志乃、センスあるね〜」
ワンピースをクローゼットから取り出すと姉はベッドの上に放り投げた。
そういうガサツな所も姉の好きなところだ。
「メイク、するでしょ?」
姉は慣れた手つきで私好みのメイクをしてくれた。
姉がいるとこの大嫌いな家も少し居心地が良くなる。
きっと私はひとりで居たくないだけなのだろう。
「よし!完璧」
ヘアアレンジまでしてくれて、私が着替えると姉は香水をふりかけてくれる。
その匂いは姉が来た時に思ったこの家の匂いとは違う匂いだった。
玄関の鍵を閉め、姉の車に乗り込む。
姉のブロンドの髪が日光に照らされて綺麗だと思った。
姉の車に乗り込み着いたのはデパートだった。
「行こうか」
姉は私にたくさんの服や靴、コスメを買ってくれた。
休憩しようと言われカフェに入り、姉はブラックコーヒー、私はキャラメルラテを頼んだ。
「私さ、志乃には幸せになって欲しいと思ってる。」
「家で辛くても学校で何か嫌なことがあっても私だけは志乃の味方でいるから。」
「ほら、姉ちゃんと一緒に買い物できて楽しかったでしょ?」
姉は今日私を元気づけるために来てくれたんだとようやく気付く。
自分と同じ苦しさを感じさせないために私をひとりにしないために私と出掛けてくれた。
「ものすごく、楽しかったよ」
少しでも気を許せば涙が目から溢れ出そうで、必死に我慢する。
姉だけは自分の味方なのだと、自信がつく。
「ありがとう、お姉ちゃん」
「莉央先輩!」
「おう、千華。買い物?」
「はい!」
休日に先輩に会えることが嬉しくて、心が踊る。
「先輩は?誰か待ってるんですか」
「あぁ、今から志乃と遊ぶんだよね」
浮かれてたのも束の間、今一番聞きたくない人の名前が先輩の口から出てくる。
聞きたくない、知らない、分からない。
こんな感情に今までなったことがあっただろうか。
「そうなんですね。楽しんでください」
「ありがとう」
きっと今から先輩たちは何処か遊びに行ってご飯を食べて散歩でもしながら手を繋いで、帰り際に愛のこもったハグとキスを交わす。
それを想像しただけで胸が痛い。
涙が出てきそう。
先輩はいつになったら気がつくのだろうか。
「好きです、先輩」
「え?」