「ザリガメって知ってる?」
 最初にそう問いかけてきたのは、いったい誰だったろうか。
 当時、私は小学五年生。
 クラスメートの誰かで間違いは無いはずだけど、具に思い出すことはできない。
 「知ってる。 アレでしょ? たこやき公園の、近所の田んぼ」
 「そうそう!」
 「貯水池だっけ? ため池?」
 「ん! なんかねぇ、ひろい池!」
 その噂は予てから知っており、人並みに興味はあった。
 けれど、余りにも現実味を欠いている所為か、おおよそ私の琴線に触れるものでは無かったのだと思う。
 それに噂の出所はうちの校区じゃなかったし、当の与太話を身近に感じる機会も、無闇に追求する機会も皆無に等しかったのだ。
 高羽市。
 平凡な中小都市の一角にあたるこの町は、大まかに言って、三つの自治区から成っている。
 白砂地区。
 東白砂地区。
 そして、砂取地区。
 私たちが通う小学校は、市の南東部に位置する砂取地区にある。
 対して、噂の“たこやき公園”は、隣り合いの東白砂地区に該当する。
 この町の産業事情と、特に縁のふかい砂取に比べれば、幾ばくか大らかな、のんびりとした土地柄で知られる地区だ。
 いまだ田畑も多く、新興と往古が、ほどよく並みいっている。
 「友達の親戚が、東小に通ってるんだけどさ?」
 「へぇ?」
 “東小”というのは、東白砂小学校を縮めたもの。
 ともあれ、先方のいう常套句に、つい可笑しくなったのを覚えている。
 “友達の友達に聞いたんだけどさ?”
 今日で言うところの都市伝説。
 その頭に、様式的に加えられる飾り文句だ。
 そんな前置きを整えて、彼女は身を乗り出した。
 「その人がね? こないだ襲われたんだって」
 「え? ザリガメに?」
 「うん……」
 「えぇー……?」
 なにぶんにも、建前を含めたリアクションに乏しい子ども時代のこと。
 どんな顔をすればいいものか、とにかく目を白黒させる私に、友達は続けた。
 「それでさ? 襲われる時に、写メ撮ったんだって。 その人」
 「ん。 携帯持ってるんだ? うらやましいな…………」
 「うん」
 当時の小学生にとって、携帯電話を持っている同い年は、総じてヒーローみたいなものだった。
 当然、さし当たっての興味はそちらに向く。
 そんな私の目線を悟ってか、声をひそめた友達は、真摯な口振りでこう述べた。
 「で。 ばっちり映ってたらしいよ……?」
 「え!? ザリガメ?」
 「ザリガメ……」
 今にして思えば、そこで“おや?”と、ふとした疑問を覚えるべきなのだった。
 もしかすると、当時の私の胸中にも、些細な違和感くらいは過ったのかも知れない。
 彼女の様子は、明らかに変だった。
 しかし、如何せん子どものことである。
 相手の心情に、そっと立ち入る術を知らない。
 「どんなの? どんな感じだった?」
 「え…………?」
 あるいは、子どもに特有の無邪気な狡辛さか。 純真な非情ぶりと言ってもいい。
 やわい頭は、ことを早くも理解している。
 理解した側から、好奇心に火がついて、もう止まらない。
 相手の心情だとか。 状況や立場だとか。 そういった事柄は考えず、ただ突き進む。
 遠慮を知らない。
 「怖い? やっぱり、大きいの?」
 「うん…………」
 紛れもない。
 当のクラスメートも、その写メール画像とやらを見たのだ。
 「あれ……、たぶん、相当ヤバいと思う…………」
 そう述べた彼女の表情は、ひどく青ざめていたように記憶している。
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