傍に居ていいと、本当の夫婦になってもいいと、ルスから言質を取った。誓いの口付けみたいな事も済ませたし、後はもう指輪でも交換したら僕らの“夫婦”としての始まりは完璧だ。
——そう思っていたのに、残念ながら事は上手くいかなかった。
触れるだけの口付けを交わした直後。僕とルスの伝書鳥であるヤタとユキが開きっぱなしになっていた窓から入って来て、『子供が出来たから、ユキの産卵が終わるまでまた引き籠る』と報告し始めたのだ。
ヤタの濡れ羽色の体は艶々と、でも彼の頭に大人しく乗っているユキはしおしおとした雰囲気を纏っていて、まるで老婆みたい震えていた。『もう無理です、助けて』と言いたげな瞳なのに、口止めでもされているみたいに黙っていたのが印象的だった。なのに鈍感なルスは、ユキの切羽詰まった様子に気が付いていなかったのには驚きだった。
そんな彼らにルスが番祝いの装飾品を渡すと、すぐに喜んで二羽とも脚に着けてくれたが、礼もそこそこに巣へ戻って行った。『産卵前の大事な時期だから』と言われると引き留める事も出来ず、果物の入った籠を持たせて、巣に戻る二羽を二人で見送る。
(——よし、やっとまた二人きりになった!)
心の中でガッツポーズを取った矢先。次に聞こえて来たのは『頼もうー!』の一言。…… 他の町まで護衛任務で出掛けていたシュバルツが戻って来たのだとすぐにわかった。
『すまない。婚約者候補達をこんなにも待たせてしまうだなんて、悪い事をしてしまったね』
『婚約者にもならないですよ』
『既に僕らは既婚者なんだ、ホント、マジで勘弁してくれ』
いつもの流れで、ルスと共に間髪入れずツッコミを入れる。そんな毎度のやり取りをしていると、くだらないコントに付き合わせれている様な気持ちになった。
これだけならまだいい。
悲しいかな、もう慣れた。だが今日はここでは終わってくれなかった。
まるで待ち構えていたかのように、『また素敵な下着を作れたので、仕入れから戻ったその足で届けに来ちゃいましたー』と言ってアンズが。
ほぼ同じタイミングで、『新作のスウィーツを沢山作らせたの!味の感想が欲しいから、一緒に食べない?』とマリアンヌが。
『ルスちゃーん!今度、聖女認定試験受けてみませんかぁ?定期的に聖水の作成義務がありますが、魔塔主の達の尽力で着衣可になったし、追加で聖女手当が貰えるから絶対になっておくべきだと思うの!』と討伐ギルドの受付嬢達が三人が。
トドメと言わんばかりに、『ねぇねぇ、孫にはいつ会えるのかなぁ。あ、飛躍しちゃったかな?ごめんね。でも、ずっとこの一言を言ってみたかったんだよね』と口にしながら、レアンまでもが早速顔を出しやがった。
仕組まれたかの様な怒涛の来客ラッシュだなんて、魔法使いの体を乗っ取ったおかげで色々な魔法が使えるレアンの仕業に違いない。キッと睨みつけても、わざとらしく知らん顔をしていたから自白したも同然だった。
その後、近所に住む子供達とたっぷり遊んでから帰って来たリアンも合流し、客だらけなせいで随分と賑やかになっている室内に少し驚きはしたものの、それにもすぐに慣れ、久々に会った事を喜ぶみたいにしながらレアンの膝の上で寝入っていた。
家族向けだろうが、この全員が部屋に入るには流石に手狭な為、共有スペースである庭にテーブルセットを並べてからお茶を用意し、マリアンヌが持って来たお菓子を全員で頂いた。最初は困惑気味だったルスだったが、最終的にはとても楽しんでいたので結果的には良しとしよう。結婚祝いのパーティーみたいなものだと思えば、僕のストレスも少しは軽減出来たしな。
だが、『レアンには後日文句を言ってやる』と心に決めたのだった。
「——お疲れ様でしたー!」と言い、ルスがベッドにダイブした。今夜もショートパンツに大きめのTシャツという軽装で、惜しみなく細い手足を晒している。枕に顔を埋め、「…… いやぁ、楽しかったけど、流石に疲れたや」の言葉と共に苦笑いをする。家族だけにこぼす様な本心を聞けてちょっと嬉しい。
「そうだな。僕もあれには参ったよ。ほぼ同時のタイミングであんなに来ると、流石に『来過ぎだろ!』ってなるよな」
「なる、なった!」
ルスが素直に笑う。そんな表情が堪らなく可愛く見える。今までも度々愛らしいとは思っていたが、自分の感情をしっかりと受け止め、強固な繋がりを持ったせいか、いつも以上にルスが可愛いと感じた。
(…… 渡すなら、今、かな)
ベッドに腰掛け、両手で体を支えながら寝転ぶルスに近寄ると、僕は彼女に「なぁ」と改まった顔をして声を掛けた。
「んー?」
枕に頭を預けたまま、横を向いて僕の方へルスが視線をくれる。口元が猫みたいな雰囲気になっていて獣耳や尻尾と妙にマッチしていた。
「実は、ルスに渡しておきたい物があるんだ」
「え、何だろう?」
影の中にしまってあった小箱を取り出しルスの前にそっと出す。その様子が彼女の瞳には何も持っていなかった手から花を出すマジックみたいに見えたのか、「え?すごい!どうやったの?」と言い、尻尾を振って喜んでくれた。ただ自分の権能を使っただけなのだが、こうも素直に驚かれると…… くそっ、ルスが相手だと『勘違いして、馬鹿なのか?』とかよりも、『喜ぶ顔が可愛い』とか『楽しんでくれて嬉しい』としか思えない。
体を起こし、ルスがベッドの上できちんと座り直す。小箱を受け取り、蓋を開けた途端、ルスが「…… おぉっ」と言いながら感嘆の息をこぼした。
「指輪、だ…… 」
ぽつりと呟くみたいに呟き、指先でそっと細い曲線を撫でる。ピンクゴールドの指輪には小さなダイヤが埋め込まれ、手入れのし易さを優先したのか、細工の少ないシンプルなデザインだった。
「レアンが用意していた物だから、今度礼を言っておくといい」
「レアンが?」
「あぁ。僕達の結婚祝いにって、ね」
奴がルスに伝えてくれと言っていた、『パパからのプレゼントだよ♡』の部分は端折ってやった。昔はしなかった様な変な言い方しやがって、んな気味が悪い真似なんか出来るものか。
「うん!…… またすぐに会えるかなぁ、会えるといいなぁ」
恋愛感情ではないのだろうとわかってはいても、しんみりとした声で言われると妙に腹が立つ。これだったら、当初の予定通り、指輪もアンズに頼んだ方が良かったなと少し後悔した。
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