「早速つけてみるか?」
僕だって計画はしていたのに、それよりも先に指輪を用意していやがったレアンに対しての苛立ちや、軽い嫉妬心はあるが…… まぁ、物に罪はない。こっそり盗んで他の物をすぐに用意する事も出来るけど、夫婦の誓いとなる印の指輪でそんな物を渡したくはないから今回は妥協しておく事にした。
「あ、ぅっう、うん」
ルスはちょっと緊張しているのか、短い返事なのに噛みながら返事をした。
「えっと、どっちだっけ…… あ、左か」
移住したおかげで頭の中に色々な知識はあれども、魔法で強制的に叩き込まれたせいか、引っ張り出すのに少し時間がかかったみたいだ。 そんな様子も、またかわぃ——
咳払いをして気を取り直していると、指輪を小箱から取り出し、ルスが左右の手を見比べてから僕の大きな手をそっと掴む。ちょっと緊張しているのか、白くて小さな手が少し震えていた。
「え、えっと、お互いの指に、順番に、はめるんだよね?」
「そうらしいな」と頷く。でも確か一般的には男性から先に女性の指へ指輪を贈ってから、男が次に、だったはずなんだが…… 心境が全て尻尾の動きにまで影響している姿がどちゃくそ可愛いから、僕はルスの好きにさせる事にした。
「…… どの指、だっけ。確か指ごとに意味があるんだよね?」
「そうらしいが、結婚指輪は薬指だな」
「薬指…… おっけぇ」
深く頷き、口元をへの字にしながら指輪をはめてくれる。出逢ったばかりの頃だったのなら『嫌そうな顔だ』と認識しただろうが、頬を赤く染めているから、コレはただ緊張しているだけだなと察する事が出来た。…… 些細な事だけど、『僕だからわかるのだ』と思うと胸の奥がじんわりと温かくなる。少し前の僕だったら感じられなかった感情だ。生まれてからずっと、本当にずーっと負の感情にばかり浸ってきたせいか、すごく新鮮だ。
指輪を持つルスの手が震えているせいか、僕の爪に当たってカチカチと音が鳴る。何もそこまでとも思ったが、いざ自分の番になったら同じ事をしそうだなとも考え、黙って見守る事にする。でも少しだけ助け船をと、「…… 爪が邪魔なら、もっと短くしておこうか?」と訊いてみる。切らなくても自在に変化させられる利点を活かそうかとしたが、そういう問題では無いみたいで「大丈夫」と断られた。
ゆっくりと、オッサンらしい年季の入ったゴツイ指にピンクゴールドの指輪がはまっていく。関節部分は太いが、根本は少し細くなっているせいで若干緩い。抜けないよう体の方を調整しようとしたが、指輪に付与されていた魔法効果が自動的に発動し、指輪は適正サイズに変化していった。
「ははっ。この色じゃ、今の僕にはちょっと似合わないな」
ぱっと手を開いて指輪をじっと見る。金の純度が低いのか、ピンクの色合いが濃いから年配の容姿である僕ではちょっと違和感があった。
「似合ってるよ、大丈夫!」
彼女は慰めてくれているが、似合わないものは似合わない。だがルスの目には似合っている様に見えるのなら、もうそれでいい気がしてきた。
(最低限、お揃いであるって事と、“結婚指輪”をしているって事実があればそれでいいしな)
「じゃあ、次は僕だ」
「…… う、うん」
俯き、ぼそっと小声でルスが返事をする。一見、嫌そうな態度にしか見えないが、淡く染まる頬、尻尾と獣耳がはしゃぎっぷりを存分に体現していた。
正座で座り直し、ルスがこちらへすっと手を差し出してくれる。赤い指先、軽く震えている手と肩、そして食いしばっている口元。参列者のいる挙式とかでもないのに、何故こんなにも緊張しているのやら。
「キスした時より緊張してるな」
軽く笑いながらそう言うと、「あ、あれは不意打ちだったから!」と大袈裟な反応を返してくれた。視線を横に逸らし、ルスが口を尖らせる。だけど差し出された手だけはそのままだった。
そんなルスの左手を手に取って、薬指に指輪をはめていく。「…… 誓いの言葉でも言っておくか?」と訊いたが、「そこまでされたら許容範囲超えちゃって倒れちゃう気がする」と、提案はまた断られた。
「残念。でもまぁそうだな、その辺は“愛”だ“恋”だって感情をお互いが理解してから、たっぷり囁き合えばいいか」
「い、言い合うものなの⁉︎しかも、たっぷり⁉︎」
真っ赤な顔をしたまま、大声をあげてルスが驚く。せっかく失敗する事なく指輪を贈れたのに、結婚指輪を指にはめた感動とかは僕の発言のせいでぶっ飛んでしまったみたいだ。
「おい、まさか僕だけが言うのか?“夫婦”なのに、そんなの狡いだろ。一方通行の愛情なんていずれ破綻すると思うんだが」
「——うっ。た、確かに」とこぼしてルスが言葉を詰まらせる。納得はしてくれたみたいだが、想像しただけで恥ずかしくって堪らないみたいだった。
そんなルスの手を取り、恋人繋ぎをするみたいに両手を絡ませていく。突然の事で驚いたのか、ルスは細い体をビクッと震わせ、恐る恐るといった感じでゆっくり顔を上げ、僕の顔をじっと見てきた。
「…… なぁ。指輪の交換もしたし、もっと『夫婦っぽい事』をしてみないか?」
「もっと、夫婦っぽい、事?」
「“恋愛感情”がまだわからない同士。今まで通り、まずは形から入ってみるのはどうだろうってね」
「なるほど」とルスが頷いたが、『毎度思うが、チョロ過ぎるだろ』とツッコミたくなったのをぐっと堪える。
ぴんっと凛々しい形をしているルスの獣耳の傍まで顔を近づけ、「まずは、初夜から始めてみないか?」と囁きかけた。わざといつもより更に声をいじり、年配者の容姿によく似合う低音ボイスで。
「ひうっ!」
案の定ルスは体をビクッを跳ねさせ、少し身を引いた。だが両手は繋いだままなので逃げる事は出来ない。それをいい事に僕は、彼女の着ている服の中にある闇を利用してちょっとした悪戯をする事にした。
「え、えっと…… 『しょや』って、しょや、しょ、や?」
どうやら慌て過ぎて脳内から知識を引っ張り出せないみたいだ。詰め込み教育の弊害ってやつか。
「結婚したカップルがほぼ必ずおこなう行為だよ。まずは——」とまで言って、ルスの唇に唇を優しく重ねた。誓いのキスの時と同じくままごとみたいなキスだが、今日の今日までしてこなかったからか、ルスの体が見事に固まっている。
「恥ずかしい、のか?」
「う、うん…… 」
「嫌、ではない?」
「嫌とか、それ以前の問題、というか…… 」
親愛の情として、頬や頭などへの口付けすらもされずに育ったから、どう受け止めていいのかもわからないといった所か。あくまでも推測でしかないが、多分間違ってはいないだろう。
「慣れるためにも、毎日してやろうか?」
顔どころか、ルスは首まで真っ赤にしながら引き絞った口を震わせている。反射的に断ったりしないところを見ると、悪い気はしていないみたいだ。
手を絡めて繋いだまま、クスッと一度笑い、また唇を重ねる。だが僕はそこで終わる気など無かった。もう僕らは契約上の“夫婦”なんかじゃない、ルスの全部が全部僕のモノになったんだという実感が欲しい。その思いから僕は、彼女の薄い唇を軽く啄み、数回それを繰り返してから、ルスの口内に舌を捩じ込んでいった。
「——んんっ⁉︎」
反射的に身を引くルスの腰を、服の中にある闇を使って引き寄せる。手は繋いだままなのに、何故か体を前方へ引っ張られた事に驚いたルスが目を大きく見開いたが、熱くてぬるりとしたお互いの舌が絡んだ途端、その瞳はとろんと蕩けていった。
魔力を流し込む事を口実として、毎日の様に散々快楽漬けにしてきた甲斐があった。おかげですぐに彼女の理性なんか何処かへと消えていったみたいで、正座だった細い脚をぺたんこ座りへと崩していき、自らの秘部をベッドのシーツに擦り付け始めた。僕とのキスに溺れながら、腰をくねらせる姿が堪らなく可愛い。そのせいで自分の下腹部も熱を持ち、穿いている寝衣の股間部が段々キツくなっていく。
(…… 今日こそ、もっと深く…… )
ちょっとそんな考えが頭に浮かんだだけで、頭がクラクラしてくる。何ヶ月もおあずけ状態だったのだから納得は出来るが、『焦るな、がっつき過ぎだ!』と、僕は自分に言い聞かせた。
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