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法律。そんな大変な話になってしまうのだろうか……。
暗澹たる気持ちになってうつむいていると、姉が、仁太のぶんのご飯と味噌汁を持って来てくれた。
「とにかく、後でお母さんにもう一度電話してみるわ。何を言われても、日向くんを簡単に家に帰したりしないから、あんたは心配しないで勉強に集中しなさいね」
「わかった」
昼休み、カフェテリアのテーブルで、一人昼食を食べながら、玲にメッセージを送る。
―― 体の具合はどう? 着替えは大丈夫だった?
すぐに返信が来た。
―― 今朝は寝坊しちゃってごめん。時間はかかったけど、ちゃんと着替えられたよ
―― よかった。今何してるの?
―― お姉さんとお昼食べてるところ。焼きそば、おいしいよ
―― 姉ちゃんの得意なやつだ。実は僕も焼きそば
なんとなく、姉は焼きそばを作るのではないかと思い、これもなんとなく、今日の昼食に焼きそばを選んだのだ。姉の味に慣れているので、普段、外ではあまり食べないのだが。
―― お揃いだね。お姉さんが「仁太の好物」って言ってたよ
あのね、うちのこと、母親が父親の愛人だとか、全部お姉さんに話した
―― そう。大丈夫だった?
―― うん
―― よかった。じゃあ、お互い食事の途中みたいだから、また後で
―― OK
仁太はスマートフォンを置く。とりあえず、玲が元気そうでよかった。
家に帰ると、姉が玄関に出て来た。
「おかえり」
「ただいま」
「お茶にするから、着替えてキッチンにいらっしゃい。日向くんもいるから」
「わかった」
「おかえり」
着替えてキッチンに行くと、玲が笑顔で迎えてくれた。ゆったりしたコットンのシャツの上に三角巾と装具を着け、その上からパーカーを羽織っている。
「ただいま」
姉が、緑茶と個別包装された海苔せんべいを持って来た。
「これが今日のおやつ? もうちょっといいものないの?」
仁太が不満を漏らすと、すかさず玲が言った。
「僕は好きだよ」
姉が、仁太を見てにやりと笑う。
「千元堂のおせんべい、おいしいんだから。お店の奥で手焼きしてるのよ」
テーブルに着いた姉が、二人を見ながら言った。
「あのね、さっき、ようやく日向くんのお母さんと話せたのよ」
せんべいに伸ばそうとした手が思わず止まる。
「お母さん、心配していらしたわよ。家に帰って来たらどこにもいないから、どうしたのかと思ってたって」
「嘘ばっかり」
玲が苦々し気につぶやいた。たしかに、あんな怪我をした息子を放置して出かけておいて、心配もないもんだと仁太も思う。
「ことの経緯だけお話しして、今はうちでお預かりしていますからご心配なくって言っておいたわ」
「それで?」
仁太がせっつくと、姉は言った。
「お父さんと相談して、今日中に連絡をくれるそうよ。それでね、一応、日向くんの気持ちを確認しておきたいと思って」
玲が、テーブルの上で拳を握りしめる。
「僕は……家に帰りたくない。もう、殴られるのは嫌だ」
「僕も反対」
仁太がそう言うと、姉は微笑みながら言った。
「わかったわ。じゃあ、日向くんには当分の間うちにいてもらうっていう方向で話をしていい?
父さんと良太も、それでいいって言ってるし」
玲がなかなか答えないので横顔を見ると、彼は目元を拭っている。
「日向くん?」
「すいません。たくさんご迷惑をおかけして……」
「迷惑なんかじゃないわよ。日向くんは仁太の大切なお友達だもの」
「そうだよ」
だが、仁太がそう言ったところで、姉が素っ頓狂な声を上げた。
「あれ? 今のは違うわね」
「え?」
姉が説明する。
「誰かの友達とか、そんなことは関係ないわ。困っている人がいたら、それがどんな人だって、自分にできることをするのが当たり前なのよ」
「あぁ、なるほど」
納得している仁太の横で、玲が嗚咽を漏らした。
「ありがとうございます……」
姉が微笑む。
「おせんべい、食べて」
仁太は、棚からティッシュのケースを取って、玲のそばに置いた。
夕飯は、姉と二人で食べることが多いのだが、その日はめずらしく、父と兄もいた。出先から直帰したのだという。
仁太と兄は、料理や食器をせっせとテーブルに運ぶ。昔から、そのように姉に仕込まれているのだ。
その様子を見て、玲も椅子から立ち上がる。
「僕もお手伝いを……」
姉が言う。
「いいのよ。怪我に障るといけないから、君は座ってて」
「そうだよ。気にしないで」
「はぁ」
父に言われ、玲は腰を下ろした。
支度が整い、全員がテーブルに着いた。父と兄の前には缶ビールもある。
父が言う。
「今日は豪勢だな」
たしかに、いつもより皿の数が多い。
「豪勢だなんて大げさね。いつもとたいして変わらないじゃないの。
まぁ、日向くん歓迎の意味を込めて、ちょっとがんばったのは事実だけど」
姉がそう言うと、玲が感激したようにつぶやいた。
「ありがとうございます……」
「さぁ、食べましょう」
みんなで手を合わせ、食事が始まった。