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「カケル、こっちこっち!」
僕は駅の改札口から出てきたカケルに大きく手を振った。
カケルは――堂河内翔はしばらく見ないうちに(と言っても、最後に彼に会ったのは彼が中一の時だったから、一、二年くらいしか経っていないのだけれど)すっかり背が伸びており、今や僕とそんなに変わらないくらいの背丈と体格になっていた。
今日は真帆に頼まれて、これから真帆の家で暮らすことになったカケルを駅まで迎えに来たところだった。
「久しぶり、シモハライさん」
軽く会釈するカケルの、その重たそうに持っているボストンバッグに僕は手を伸ばす。
「重かったろう、俺が持つよ」
「だ、大丈夫、自分で持つから」
「良いから良いから――うわ、マジで重い! 他の荷物と一緒に宅配便で送ればよかったのに」
「いや、アレもコレもって思ってたら、なんか重くなっちゃって」
やっぱり自分で持つよ、と言い出したカケルだったけれど、僕はそれを意地でも断る。
「大丈夫、大丈夫。ここで俺が持たないと、あとで真帆がなんで持ってあげなかったんですか! って激怒しそうだから」
「真帆ねぇ、そんなことくらいで怒らないでしょ」
「いやぁ、怒るね。絶対に怒る。むかし、うっかりカケルを泣かしちゃったときにもメチャクチャ怒られたんだから」
「そんなことあったっけ?」
首を傾げるカケルに、僕は「あったあった」と何度も頷く。
「ほら、カケルがまだ小学校にあがったばっかりのころ。俺と真帆が遊びに行ったときに、うっかりカケルの玩具を壊しちゃって」
「――あぁ、あったなぁ、すっかり忘れてた」
「あの時の真帆、まさに鬼だったからな。俺は真帆がなるべく怒らないようにしたいんだ」
「真帆ねぇとは相変わらず?」
「そ、相変わらず」
「いつになったら結婚するつもり?」
「それを言うなよ。俺だって何度も何度もプロポーズさせられてツラいんだ」
「まだ言ってるの? プロポーズしてもらえなくなるから結婚したくないって」
「まぁな」
「ホント、わけのわかんない理由だよね」
「仕方ないだろ、それが真帆なんだから」
「ま、そうだね」
「それよりほら、早く行こう。真帆が待ちわびてるぞ」
「うん」
僕らは改札口前のエレベーターに乗り込むと屋上の駐車場に向かった。
全魔協から貰ったワンボックスカーのキーを解除してカケルを先に助手席に乗るよう促してから、抱えていたボストンバッグを後ろの席に置き、僕も運転席に乗り込んでハンドルを握る。
「さて、行くか」
「うん」
車を発進させ、しばらくしてから、
「寂しくないか?」
「え?」
「市内の高校に通うためとはいえ、家族から離れて暮らすんだから、さすがに寂しいんじゃないかって」
「う~ん、どうかな。寂しいと言えば少し寂しい気もするけど、あんな田舎にずっと住み続けたいとも思わないし、いいタイミングだったんじゃないかな」
「そうか? 良い場所だと思うぞ、あそこも」
「そう? なら、シモハライさんが代わりに住んでみる?」
「……いや、やめとく」
「だよね。結構不便な場所だったから。近くのコンビニまで車で飛ばしても片道三十分。一番近いショッピングモールにすら一時間以上もかかるようなところ、正直僕は辟易してたから」
「……まぁ、確かにあそこはなぁ。真帆と何度か一緒に行ったけど、なかなかな田舎だったよなぁ」
「でしょ?」
田舎に失礼かもしれないけれど、ついつい僕も同意せざるを得なかった。過疎化が進んでしまうわけだ。
「それより、真帆ねぇは元気にしてる?」
「元気元気。いつも通り元気だよ」
「そういえば、真帆ねぇと一緒に住んでる弟子の人がいるんだっけ。どんな人なの?」
「真帆とはちょっと違うけど、やっぱり元気な女の子って感じの子だな。那由多茜って女の子だよ。女の子って言っても、もう二十歳は超えてるんだけどね。カケルはまだ会ったことなかったのか」
「ないよ。真帆ねぇから話は聞いてるけど。よく空回りしてるって言ってた」
「空回り……確かに」
僕は思わず笑ってから、
「まぁ、いいコンビだと俺は思うよ、あのふたり」
「そうなんだ。どんな人かちょっと楽しみかも」
それからしばらく車を走らせ、コンビニの角を曲がって少し先の道端に僕は車を停車させた。
「はい。着いたよ」
「ありがとう、シモハライさん」
がちゃりと助手席側のドアを開けて歩道に降り立つカケル。
僕も車を降り、改めてカケルのボストンバッグを担ぎ上げた。
それからふたり並んで楸古書店の戸をガラリと開けて中に入る。
「あ、おかえりなさ~い」
奥の古臭いカウンターの席に腰かけていた女の子――那由多茜が顔をあげた。
茶色い髪を後ろで束ね、白いシャツに濃い色のデニムパンツを穿いている。見た目は綺麗なお姉さん(ぽく見えるように頑張っている)。その耳元にはハートのイヤリングがゆらゆらと揺れながら、キラキラと綺麗に煌めいていた。
たしか、あのイヤリングも元ヤンキー魔女のさゆりさんが造ったモノのはずだ。
さゆりさんはあのあとしばらくしてすっかり落ち着いてしまい、今では街なかにあるオシャレな魔法のアクセサリーショップを経営している。
たまに全魔協の仕事で訪れるが、今だに高校の頃のあの一件で弄られるのでどうにも苦手だ。とはいえ、最初の頃とは違い、本当にただからかっているだけって感じなのだけれども。
ちなみに僕も大学を卒業後、社会経験の一環ということで、一度普通の会社に就職した。そのあと色々あって、井口先生との約束通り、今では全魔協で協会員たちに仕事を斡旋する担当を仰せつかっている、そんな感じだ。
実は大学を卒業してこちらに戻って来てからというもの、僕は幾度となく真帆にプロポーズを試みた。
正直、最初のプロポーズを真帆は必ず受けてくれるものだと僕は思っていたのだけれど、
「お断りします!」
真帆はにっこりと微笑んで、そう答えたのだった。
僕がその言葉に、呆気に取られてしまったのは言うまでもない。
僕どころか、親しくしていた僕らの周囲の人たち(特に榎先輩や鐘撞さん、肥田木さんたち)も僕と真帆がこのまますぐに結婚するのだろうと漠然と思っていたものだから、みんなして驚いてしまったのは言うまでもない。
しかも、真帆の断る理由が「結婚したらプロポーズをしてもらえなくなるから」というのが何とも言えなかった。
以来、僕らは内輪では付き合い続けているという認識なのだけれど、僕が何度もプロポーズしては断られているものだから、例えば茜ちゃんには、単に僕が真帆に片思いしているだけのような印象を与えてしまっていたりもするのだった。
そんな茜ちゃんに、僕は声をかける。
「店番、お疲れさま」
「疲れるほどお客さん来ないけどね~」
へへへ、と笑う茜ちゃんの視線が、僕の隣に立つカケルに向けられた。
「へぇ、キミがカケルくんか。なかなかかっこいいじゃん。これからよろしくね!」
かっこいい、と言われてカケルもまんざらでもないのか、ぎこちない笑顔で、
「あ、ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いします……」
小さく頭を下げたのだった。
「茜ちゃん、カケルに変なことするなよ?」
「え~? どうかなぁ、これだけかっこいいんだから、ちょっとくらい」
「ダメですよ、茜ちゃん」
と、茜ちゃんの言葉を遮るように声が聞こえてきた。
それと同時に、カウンターの奥に見える扉が開け放たれ、そこから姿を現したのは、
「カケルくんに変なことしたら、私が許しませんからね!」
可愛らしく頬を膨らませて弟子を睨みつける、真帆だった。