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オイオイ、返すのかよ……


変な落ち方をして、すぐにフォールへ行けなかったとはいえ、タイガースープレックスと垂直落下のタイガードライバーはシッカリ入っているばすなのに……


オレは呼吸を整えながらどうにか立ち上がり、横たわるかぐやの腕を取って強引に立ち上がらせた。


「!?」


しかし、一度は立ち上がったかぐやではあったが、すぐによろけるようにバランスを失い、尻もちを着く。


こ、これは……?


細かく浅い呼吸を繰り返すかぐやを、注意深く観察するオレ。

発汗が激しく、目の焦点が合っていない。そして青白く血の気の引いた顔と、紫色に変色した唇。意識も浅く、多分平衡感覚をもあやふや――ただの脳震盪ではないようだ。


かぐやのヤツ、もしかしてさっき……?

だとしたら……


「ちっ!」


オレは、ロープに寄り掛かるように尻もちを着くかぐやの正面から脇下に首を入れて、そのまま両腕を抱え込むようにして胴回りに腕を回し背中でクラッチ。そして後ろに下がりながら、かぐやを強引に起き上がらせる。


「うぉらっ!」


『|北斗原爆固め《ノーザンライトスープレックス》ッ(*01)! 再び佐野の身体が綺麗な人間橋を描くっ! ワンッ! ツーッ! ス、オオォォーッ! 返した! 返した! カウント2.5で返したーーっ!!』


だから、返すなよ……


「いっーたいわね……なんでお尻から落とすのよ、ヘタクソ……」


焦点の合わない虚ろな瞳のまま、力なく文句を言うかぐや。

確かにノーザンライトは、背中や腰から落すモノだけど、コッチだって好きで変な落とし方してんじゃないんだよ!


『更に畳み掛ける佐野っ! ブレーンバスターの体勢だ――いや、違うっ!? そこから栗原の左足を抱えるように取ったっ! フィッシャーマンズ、スープレックスッ(*02)!! 網打ち原爆固めが綺麗に決まるっ! ワンッ! ツーッ! スリ、オオーッ! か、返したーーっ! カウント2.99でこれも返しましたーーーーっ!!』


オイオイ、かぐや……


「う、うぅっ……だから、なんでお尻から落とすのよ、変態……」


誰が変態だっ! てゆうか、かぐや。お前だって分かっているんだろ? もう終わりにしようよ……



※※ ※※ ※※



割れんばかりの大歓声の中。佳華と詩織は沈痛な面持ちでスクリーンを見上げていた。


「不自然な技の組み立てですね……」

「ああ」


ノーザンライトやフィッシャーマンが小技と言う訳ではない。分類するならば、確かに大技の部類に入るだろう。


しかし、この場面で佐野がフィニッシュに持って来るような技ではない。


「それに、男の娘にしては不格好な投げ方でしたね……」

「ああ」

「やはり、あの不自然な落ち方をした時でしょうね……」

「ああ」


苦虫を噛み潰したような顔で、佳華は同じ返事を繰り返す。


『佐野っ! ふらふらと立ち上がる栗原を|小包み固め《スモールパッケージ》で丸め込んだ!』


「ス、スモールパッケージって………オイオイ、ニィちゃん何やってんだよ!? ここはそんな小技じゃなくて、大技で押して行くとこだろうがよっ!!」


一人だけ、観客と一緒なって盛り上がりながらヤジを飛ばす絵梨奈。


「絵梨奈――佐野は大技で行かないんじゃなくて、行けないんだよ」

「はあぁ? なんでだよ?」

「かぐやの様子を見て、何か気が付かないか?」

「かぐやの様子って……?」


絵梨奈が見上げたスクリーンの中で、かぐやは苦しそうに肩で息をしながらも懸命に立ち上がろうとしていた。


「完全にグロッキーだな。もうひと押しで、あのかぐやからピンが取れるぜ!」

「グロッキー……ですか? 確かにそうですが、あの発汗とフラつき方は異常です。多分、栗原は頚椎をヤッていますね」

「頚椎? 頚椎ってぇと……アバラかっ!?」

「首だ、首っ! 多分、かぐやは首の骨――頚椎がズレている……」

「く、首の骨って!?」


慌ててスクリーンへ振り返る絵梨奈。どうにか立ち上がったかぐやだが、すぐにバランスを崩しロープへとしがみついた。


「な、なあ……それって、マズいんじゃねぇのか……?」

「ああ、マズいな……もう一度、首に大きなのダメージがあれば、かぐやの選手生命は――いや、選手生命どころかホントの生命すら危ない」

「男の娘もそれが分かっていて、ノーザンやフィッシャーマンのような背中から落とす技を首に衝撃の少ない落とし方で決め、早く試合を終わらせようとしているのですけど……」


しかし、そんな終わり方を、当の本人であるかぐやが納得していないのだ。


「やはり、ここは試合を止めるべきなのではないですか?」

「そう……だな。かぐやには恨まれそうだけど、仕方ない」


苦渋の選択ではあるけど、選手の安全管理も社長である佳華の役目だ。


佳華はスクリーンではなく、直接リングへと目を向ける。そしてその視線は、同じようにリングからコチラに目を向ける|智子《レフリー》の視線とぶつかった。

佳華達より間近で見ている分、かぐやの様子については彼女の方がよく分っているだろう。



――試合を止めるぞ、社長。

――ええ、お願いします。



佳華にとっては、大学のOGにして全女時代の大先輩。長い付き合いの二人は視線を合わせただけで、お互いの言う事が理解出来た。


裁定はレフリーストップ。佐野の勝ちという事になるだろう。

智子が試合を止めるべく、ゴングの要請をするため手を挙げようとした瞬間……


「――!?」




(*01)ノーザンライトスープレックス

画像 自分の頭を相手の腕の下に入れ、正面から相手の腕を抱え込むように腰に手を回して後ろへと投げる。

また、そのままブリッジをキープすることで、フォールする事も出来る。



(*02)フィッシャーマンズスープレックス

画像 ブレーンバスターの体勢から、自分の右腕で相手の片腿を抱え込み後方へスープレックスして固める。そのままフォールする際には頭部を抱えた手と片足を抱えた腕をクラッチして相手を固定するのが定石である。 

レッスルプリンセス~優しい月とかぐや姫~

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