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微かな音が、聞こえた。けれど分からない、微かな音。耳に届くのもやっとなほどの小さな小さな声。まるでそこに小人がいるかのような小ささに、俺は耳を澄ませるが何の音なのかが、分からない。
「ねぇ、何してるの。」
今度ははっきりと声が聞こえた。でも、知っている声。誰よりも、一番聞き馴染みのある声。
───俺の声だ。俺の…トラゾーの、声。情けないことに、酷く冷淡な自分自身の声に怯んでしまう。
「何してるのって聞いてるの。」
「何、って…」
俺の声が二つ。どこからか聞こえる俺の声と、今ここで喋っている俺の声。
無音、無臭、空虚…この空間は、それらしい。何もなく、床に立っているのかさえも分からない。というか、俺の今立っている場所は床なのだろうか。何もかもがわからない空間、それがここだった。けれど、なぜ俺はここにいるのだろう。そう考え…そう疑問を抱いたところで、気づいてしまう。
(───夢か、これ。)
ありえない状況にありえない空間、ありえない声にありえない視界。目、口、耳、鼻、感覚…五感の全てを使おうと、頭を使おうと。この状況を説明することはできない。けれどもし、これが夢だとしたのならば。この状況の理解はできる。
「何もしてないよ。でも、今すぐに目は覚めたい。」
「ふーん。」
興味のない返事に、俺は少し腹立たしく思う。それが自分の声だから尚更。脳内に直接響くようなこの声は、酷く煩わしい。
「───現実に戻りたいの?」
その質問をされた時、なぜか俺はすぐには”イエス”とは答えられなかった。胸の奥がムズムズして、気持ち悪い。それでもなぜか喉につっかかっているのは”ノー”と言いたい気持ちばかりで、俺自身でさえも不思議に思った。
“戻りたい。───でも、戻りたくない。”
酷く矛盾した話だと思った。そう思うと、ふと思い出したことがある。昔の国語の授業で”矛盾”が題材となった昔話があった。
1人の男は『どんな矛も防ぐ盾』を持ち、もう1人の男は『どんな盾も突き通す矛』を持っていた。そのうちの片方である『どんな盾も突き通す矛』を持っていることを自慢した男に、『どんな矛も防ぐ盾』を持っていた1人の男は、そいつにこう言った。
『───その矛でこの盾を突いたらどうなるのか。』と。
『矛を突き通さない盾』と、『盾を突き通す矛』。それを交わらせるとどうなるか、なんて、そんなの答えられないに決まっている。
だってそれは、矛盾をしているのだから───。
今まさしく、俺は1人でに矛盾をつくったのだ。誰も矛を持っていなくて、誰も盾を持っていないのに。これもまた、おかしな話だ。
「現実に戻って、何するの?」
それでも重ねられる質問に、息が詰まる。現実に戻りたい意欲───それはメンバーのみんなの笑顔を見たくて仕方がなく、一緒に会話をしたくて仕方がない気持ちからだ。それでも現実に戻りたくない意欲も、反対にあった。
「現実に戻ったところで、”お前”は何も変わらないじゃん。」
現実───。現実の俺は、酷く情けない。
「また、いつもみたいに罵倒が来るだけなのに。」
たかが一つのコメント───みんなのアンチコメントに、ビビってしまっているのだ。何気ない一言、小言であるコメント、拡散され続ける間違った情報、はっきりとした悪口、まっすぐすぎる言葉…。たくさんの言葉に、俺の精神は徐々に削られていた。気付かぬうちに、微かに。
「は、は……。」
悲しみと共に、笑みが漏れた。なんでかはわからない。それでも、もうよくわからなくなってしまったのだ。酷く呼吸も荒くなり、手足が震える。
───ああ、ここは現実じゃないのにこの症状はまだ出るのか。
ここにいるメリットも、デメリットも対等な数ある。でも現実にいるメリットもデメリットも、対等な数あるのだ。
「ここだったら、バレないよ。ここなら、泣いても叫んでも喚いても…何をしても。」
ふと、誰かに抱きしめられるような感覚を覚える。誰かがそこにいるわけではないのに、なぜか酷く暖かくて。でも俺の声というところが酷く気持ち悪い。それでも今は、休みたかった。ここなら、いくらでも休める。
───誰にも、邪魔されなくて。いい場所だと、わかってるのに…
なんで、この胸は俺の泣く声とは違う声を出しているのだろう。酷く明るく、希望に満ち溢れ、何かを望んでいる。その声は何?本当に俺の本音?それとも今ようやくここにいるべきじゃない理由がわかったの?だったら何?何が理由?ここにいちゃダメな、理由なんて───
『トラゾー…起きてよぉ…!!なんで!』
「う、わっ…?!」
その瞬間に、ぐらりと視界が揺れた。…いや、視界だけではない。体全体に揺れを感じた。言うならば、地震のようなものだろう。俺はバランスを崩し、その場によろけて座り込む。
───ぺいんとだ。地震が来る前の声は、ぺいんとだった。俺が起きることを望むぺいんと。
『ぺ、ぺいんとさん!トラゾーさんは…』
『…”あれ”だった。』
『…………そうですか。』
酷く悲しい声が聞こえた気がした。…いや、友達のくせ、親友のくせ、”気がした”で済ませていいはずがない。”気がした”のではない。みんな待っているのだ。確実に、この俺を。
「…思ったより、早いな。…ほんと、すごいくらい早い。」
姿さえもない、脳内に直接響くように言われる俺の声に、俺は言葉を返す。
「───決心したわけじゃない。戻りたいって思ったわけでもない。」
「…え。」
「ただ…待ってるから。待ってたら、待たせないようにするのが俺の性格だから。」
独り言のように呟いたそれは、もう1人の俺には届いていたらしい。
視界は徐々に暗転し、意識はフッと途絶えた。