その日の夜、わたしたち避難民は、農家の離れのちいさな石造り小屋で、ひと晩過ごすことになった。扉は壊れていて、外からは丸見えだけど、そんなことは気にならなくて、休息できる場所を与えられたことに、みんなは喜んでいた。
石田さんからこの家の主人であり、協力者でもある王さんを紹介された。
王さんは、痩せていて背が高く、髪の毛に白髪が混ざっていたけれど、にこにことずっと笑顔でいるせいか、とても若く見えた。
「心配ない、日本人ともだち、ここにいれば問題ない、明日、全員連れて行くから安心して寝てください」
そう言うと王さんは、大人たちにお酒を振る舞ってくれたけど、お母さまと富士子さん、そして石田さんはお酒が飲めないからという理由で、丁寧に断っていた。
小屋の中は、藁のにおいや農機具の鉄のにおいがしていて、吊り下げられた電球がそれらを照らして、動き回る王さんの姿を影絵みたいに映し出している。
わたしたちの側に座った石田さんは、
「燃料も用意してくれるようです。明日港まで行きましょう。鉄道は使えないみたいですが、王さんが色々と手配してくれるそうです」
と、言いながらお髭をさすった。
富士子さんが言葉を選びながら、
「あの人、信じて大丈夫ですか?」
「なに、古くからの友人ですからね、心配いりますんよ。大丈夫ですからね。日露戦争からの友達です!」
「なら、良いのですけど…」
富士子さんは納得いかない様子だった。
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