テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
私はよく強い霊体に襲われるが、まだ明確な殺意があって来るほうが扱いやすい。
最近、特に殺意はないがかなりサイコパスな輩に呼ばれた。
まずいつも通り深夜に寝ようとして、呼吸が浅くなって何だか体がおかしいと気付く。
後ろからグイと強く下に引っ張られる感覚があり、気が付くと見知らぬ部屋にいた。
洋風な部屋で、わりとカラフルな壁紙が目に入った。机や椅子、キャビネットなどが無造作に置かれている。キッチンがすぐ傍にあって、キッチン用具もまたカラフルだ。
ガタンと音がして、部屋の奥から一人の男が出てきた。短い茶髪で細身、全体的に小柄な印象を受ける。
「やあ、いらっしゃい」
男の笑顔は爽やかだった。見た目の年齢的には三十代後半か四十代くらいだと思う。
白いゆったりしたTシャツにデニムといった、現代風の爽やかな容姿だ。
「……呼び主本人?」
呼ばれた感覚を覚えていたので一応確認として聞くと、男は一瞬首を傾げたが、愛想の良い笑顔を向けた。
「なんのことだか分からないけど、そうだ、ちょっと困っていてねぇ、話を聞いてくれるかい?」
そう言って男は奥の部屋の椅子に座るよう勧めた。言われた通りに一旦腰を下ろすと、男も向かい側の椅子に腰掛けた。
「ここに住む人の数を増やしたいんだ」
男がそう言って開いた窓の外に視線をやる。立ち上がって外の様子を見たところ、外には住宅街が並んでいるようだ。
三階建てや二階建てのマンション、それから一軒家もある。
他所の建物もカラフルな外装で、何処の国の街並みを再現したのだろうかと少し疑問が浮かんだ。
「建物は沢山あるみたいだけど……」
でも、外は無人で誰かの気配すらない。
「そうなんだ。俺はもっと活気のある街づくりがしたいんだ」
変わった要望だな、と率直に思った。こんな理由で呼ばれること自体が初めてで、私もどうしたもんかと考える。
男も友好的だから、守護に声を掛ければツリーハウスと繋いで行き来することは出来そうだ。
「あっちの建物には誰も住んでいないの?」
そう質問すると、男は座ったまま困ったように頭を搔く。
「前は沢山いたんだけどねぇ、逃げられてしまって」
その一言に、一気に警戒心が押し寄せる。
「なんで逃げられたの?」
背後からの殺意はない。
男はちょっと照れくさそうな顔をして、突然Tシャツを捲り上げた。
「君はこれを見てどう思う?」
捲り上げた服の下。血は出ていないが、片側の胸下に舌のような形で何か内臓が飛び出している。
「……どう、とは……?」
正直答えに詰まった。これは、コイツの死因と関係があるのだろうか?と脳裏をよぎる。
「気持ち悪いと思うかい?」
相変わらず照れくさそうな顔でそんなことを聞く。
だが、うちのツリーハウスの中にもおそらく事故死した容姿をそのまま保って血塗れかつ臓物が出ている状態の奴がいるので、気持ち悪いとも思わなければ、むしろ何とも思わない。
「……それが何か?」
変えようと思えば容姿くらい本人の念ひとつで変えられるだろうに、わざわざその形状を保つのだから怖がらせるのが好きなのか。
「……見慣れたような反応をするんだね」
男は少し驚いたような顔でそう言って、そっと飛び出た臓物を何故か愛しそうに撫でた。
「俺は凄くこういう形が美しいと思ってね」
「え?」
彼のその一言で雲行きが怪しくなってきた。
「人は芸術作品を見たら美しいと思うだろう?俺はこれも芸術のひとつだと思っているんだ」
自分の臓物を撫でながら男はそのまま続けた。
「ぷにぷにしていて肌触りも良い。衣服みたいにずっと芸術作品を身に着けているみたいで、とっても素敵だろう?……なのに、だ。ここの住人はこれが気持ち悪いと言ってね」
男はふと立ち上がり、私を隣の部屋に招いた。警戒しながらついて行くと、そこはカラフルな家具から一転し、血塗れの器具が置かれたステンレスの台や手術台が無機質に並べられた部屋だった。
「俺の芸術作品を悪く言った奴には、分かってもらいたくて俺と同じように手術したんだ」
「……」
「君が俺の芸術作品に悪い反応をしなくてとても嬉しいよ。もし悪く言ったら、良さを分かってもらわないといけなくなるから」
「……いや、お前自身の体は別に好きにしたら良いけど、住人にその価値観を押し付けるのはどうなの」
「だって、綺麗で素敵なものは共有した方が楽しめるじゃないか」
狂ってやがる。
「それただの迷惑じゃん、お前の体のそれ見ても私は何とも思わないけど、それを他人に強要するのはキモ過ぎる」
素直に意見を述べたら、男が真顔になった。みるみるうちに眦が吊り上がる。
「俺を侮辱するのか!」
「いや別にしてな……」
言い終わる前に危機を察して周囲の出入口を把握する。
台に置かれたステンレスの錆びたナイフを片手に振り向く男に、「お前を、じゃなくてお前の考え方がキモ過ぎる!!そら逃げるわ皆!!」と捨て台詞を吐いて踵を返し、私はそこから逃走した。
これは深く関わったらロクなことがなさそうだ。
とりあえず玄関と思われるドアに体当たりすると案外簡単に開き、静まり返った街に転げ出た。
背後から走って来る男の「待て!」という言葉と足音以外、本当に静かだ。
相変わらず幽体離脱中は裸足で浮遊しているせいで音は立てずに住むので、ひょいと角を曲がって建物の隙間に身を隠す。男は気付かずそのまま前を通過して行った。
案外アホなのかな、と呑気に考えてしまう。
しばらくして男の気配を確認した後、静かに来た道を引き返す。一体何処から出れるんだこの空間は。
男のカラフルな家を通過する。少し進んだ先の一軒家から、女がひょこりと顔を出しているのに気付いた。
どうやら一人でないようだ。女の後ろから数人が家のドアを開けてそっとこちらを覗いている。
女は周囲を見渡してから、静かに手招きした。「早くこっちへ」みたいな口パクとジェスチャーをしている。この女からも殺意や悪意は感じない。
浮遊したまま彼女の家に行くと、女が私の背を押して早急に音を立てないようドアを閉め施錠した。
外から見るより家の中は広く、至ってごく普通の風景だった。広いリビングに十人ほどの若い人達が座っている。中には子供もいて、二階に通じる階段から恐る恐るこちらを覗く複数の人と目が合った。
「ああ良かった、貴女はまだ何もされてないね」
女は私の体をワンピース越しにペタペタと触って何やら確認したようで、ほっとしたように胸を撫で下ろした。
「ごめんなさいね、ここ家具が全然ないの。床で良ければ座って」
見れば皆、フローリングの上に座り込んでいる。
本当に何も家具がない。ごちゃごちゃしていた男の家の中に比べて、ここは元から空き家かと思うほど何もなかった。
「皆〇〇から逃げてきたから」と女が言う。〇〇の発音が詳しく聞き取れなかったが、おそらくあの男の名前だろうなと今までの経験から察する。
「さっき〇〇に会っていたでしょう?出てくる所が見えたの。私達もね、アイツに招かれて家に行ったの。そしたら……」
話の途中で女が自分の服を捲り上げる。男と同じような位置に、形状は違えど明らかに臓物が飛び出していた。
「酷いでしょう?ここの皆、全員アイツにやられて逃げ隠れしているの」
子供の一人が、「こんな形になりたくなかった」と急にメソメソと泣き出し、同じく服の下を見せてきた。部位は違うが一部の臓物が出ている。
どうやら全員被害者というのは本当なのだろう。ちょっと可哀想に。
「助けて欲しくて呼んだのだけど、貴女ここの住人じゃないよね?これを治したいの」
女が私を覗き込む。期待の眼差しで。
呼び主はあの男ではなかったようだ。
「……ごめん、私他人の体を弄ったことないんだよね……器として土人形で形を作るのはできるんだけど……」
そう言えば、女は少し残念そうな顔をする。
ふとツリーハウスのことを思い浮かべたところで、医学に長けている守護がいることを思い出す。夫の守護の白蛇だ。彼女とその助手なら何とかなるのではないか。
「……でも、どうにかできそうな奴がうちに何人かいるから、とりあえずここから脱出しようか」
深く考える前に思い付きで発言すると、被害者達が顔を見合せた。
「脱出なんてできるのか」やら「治せるの!?」やら、各々に何か呟いている。
こんな感じでツリーハウスに逃げ場として転がり込む奴らが多々いるし、追加でざっと三十人くらいなら(私が怒られるだけで)どうにかなるだろう。
幸いにも多荷物がある奴はいないようで、全員身ひとつのままここに逃げ隠れしていたようだ。
さて問題は私の守護が誰一人として同行していないことなのだが、呼べば大体誰かしら気付いて私を引っ張ってくれる。
「S兄ーーー!!帰る!!」と強く念じると、遠くから引っ張られる感覚がした。この雑な感じ、多分S兄が適当に片手間で呼び戻そうとしている。
私に触れていれば連れて行けるので、この場の全員と円を描くように手を繋いでもらった。
S兄を指名したのは、外守護の中では腕力に長けているので引っ張る力が強いからだ。
案の定問題もなく芋づる式で釣り上げられて、S兄のいたツリーハウスに戻った。
急に大勢が現れて驚いたS兄に軽く事情を説明し、白蛇のいるツリーハウスの中の病院のような場所に案内する。
突然大勢が押し掛けたことで、白蛇は「またアンタは厄介なもんばっかり連れてきてからにもう……」と嘆息していた。
順番に治してもらったようで、彼らは満足気だった。
あの男はまだ対処していないが、まあ空間から出られるのかも怪しいから大丈夫だろうとタカをくくっていた数日後。
執筆中に黒兎が足ダンを始め、玄関前にあの男の気配が。
ドアを激しくノックしながら「ここにいるんだろう?開けてくれよ、話をしよう」と大声を出している。
ノック音は娘には聞こえていないが、黒兎には聞こえているようだ。風呂上がりの娘が黒兎の足ダンに気付いて「なんか来てるの!?」と震え上がっている。
しかし男の目的はあくまでも私。外の様子を霊視するも、やはり娘のことは眼中になさそうだった。
夫の張った結界のせいでドアはギリギリ触れるが、中には入れないらしい。
それがもどかしいのか、男は笑顔だが怒った様子で激しくドアを叩いている。
生身だったら通報ものだぞ、と思いながらどうしたもんかと悩んでいると、うちの守護のロイくん(門番)がツリーハウスから降りて来た。
何やら色々聞き取りを行っているようで、男は度々苛立った様子だ。「早く話をさせてくれ」などと聞こえる。
「あれお前の知り合いか?」
夕飯のお供えを食べ終わったS兄が、ダンベルを片手に背後で口を開いた。
「いや、この間の治して軍団の加害者」
それだけで伝わったようで、「じゃあ別にサンドバッグにしても良いんだよな?」と意気揚々にダンベルを放り投げて外に飛び出す。
だが、数秒で戻って来て、「俺の拳アイツに当たんねえわ」と苦笑いした。
まじか、と思った。相性が悪かったらしい。たまにこういうことがある。
「そんな強くないしお前自分で仕留めろよ」
「ええ……ダル……」
「元はお前が余計なことに首突っ込んだんだろ、頑張れ!」
親指を立て励ましの余計な言葉を言い放つと、落ちたダンベルを拾い上げてトレーニングを再開した。
外の様子を霊視すると、ロイくんに問答無用で敷地外に追い出されて道路からこちらを睨む男の姿があった。
ずっとあの位置にいるなら夫の帰宅時、すれ違いざまに消滅するだろうなと思っているのだが、S兄に「早よやれ」と小突かれる。
仕方ないので憑依守護に生身を任せて幽体離脱で刀を片手に外に出ると、男が悪霊のように怨念をぶつけてくるので、刀で連撃を食らわせた。
ふと呼ばれた時の生身に来た不穏な負荷を思い出し、加えてS兄の攻撃が当たらないとなるとやっぱり結構コイツ強いのでは、と内心少し怯んだ。
実力で言えば、男の方が強いのではないだろうか。
ところが、避けると思っていたのに、避ける概念がなかったのか男に全て命中した。
胴体にも深い傷を残し、首が宙を舞った。落ちた首が胴体を見上げる。斬った瞬間に大ダメージで消える奴がほとんどなのに、コイツは消えなかった。
あれ?うわ、やっぱ強いぞ……と少し引いた。
生首になった男が自分の胴体を見上げ、斬られた傷口から新たな臓物が飛び出したのを視界に捉えると、突然パッと顔を輝かせて「芸術だ!!!」と叫んだ。
空気が凍った。
背後で一度身構えたロイくんや一応出て来たS兄と他の戦闘要員の守護が、ドン引いた顔で目配せしたのが気配で分かる。
斬られた男はブチ切れるどころか歓喜の表情で「気に入った!!君センスあるねえ!!ありがとう!!」と叫ぶ。
驚いたことに頭と体が分断しても双方どっちも動いている。それだけでもかなり不気味だが、首を失った体が飛び出した臓物を愛しそうに撫で回している。
歓喜した男の体はそのまま歩き出し、同じ方向に頭もゴロゴロと転がり出す。
「新たなインスピレーションが浮かんだよ!!」
そう叫んで、私の通勤路の方角に向かって去って行ってしまった。
「……お前なんか……今凄く余計なことした気がするぞ」
S兄が珍しくドン引いた顔で言う。
援護のつもりでその場にいた、円の外側(S兄より遥かに強い)の守護が気を遣って「一応仕留めてこようか?」と聞いてくる。
皆まで言うな、と思った。
「いや……満足したならもう来ないでしょ……」
「だと良いけど……新たな被害者に呼ばれる未来が視えるぞ……」
「……やっぱ……仕留めてきて……」
何とも言えない空気感の中、とりあえず行くか、と円の外側の守護が一人男の後を追った。
彼はあの男を余裕で仕留められるのだろう。三分もしないうちに、まだ絶妙な空気の中に戻って来た。
「ちゃんと消せた……?」
「最後までめちゃくちゃ嬉しそうだったよ」
「そう……じゃあいっか……」
その空気のまま解散し、各々家やツリーハウスに戻って行った。
生身に戻ると、一部始終を霊視していた憑依守護に「なんだアイツ、めちゃくちゃキモ」と言われ、美術にも医術にも知識のない私はアレの良さが分からず頷くしかなかった。
とりあえず一件落着というとこで、風呂にでも入ってくるかと思っていると、先程男を仕留めた円の外側守護がS兄に話があったようでリビングに来た後、戻り際にふと足を止めた。
「……ひとつ確認したいんだけど」
彼は目深にフードを被っているので表情は見えない。
「さっきの奴の容姿はどんな形で視えてた?」
「胸下に舌みたいな臓物が飛び出てた以外、ごく普通の茶髪の陽キャなおっさん」
素直に答えると彼は何故か急に笑い出した。
「そうか、君から見たら斬った部分は頭か首だったのか、なるほど……」
隣でS兄はダンベルを持ち上げて筋トレを続けている。
「いやね、君には人の姿で視えていたようだけど、実際は結構この世にはなさそうな造形だったから」
「お前が舌みたいな臓物って言ったの、あれは舌で合ってるぞ」
「……てことはあの位置に口があったんだ……」
「いや違う、口というか頭部は下側にあったぞ。お前のイメージでいうと、逆立ちって言えば分かりやすいか」
「どう収納されてたのか知らないけど、有り得ない位置から舌が飛び出してたよ」
淡々と答える二人。
「でも被害者達は人の形してるよね?色んな部位から腸とか内臓が飛び出すような手術だか加工だかされてたよね?」
「ああ」
「流石に被害者達は、ごく普通の人の形だったからね。飛び出した部位は舌ではなかったし」
「じゃあ、あいつだけ変なバケモンだったのか……」
ふと、先程幽体離脱して斬った時のことを思い出す。
「……ねえ、私が真っ二つにした位置って……」
「「股間」」
「最悪」
だからピンピンしていたのか。納得した。もしかしたら下の方を真っ二つにしていたら自分で仕留められたのかも。
「ま、お前に警戒されないように普通の人間に見えるようにしてたんだろうな」
S兄はそう言って再び止まっていたダンベルを持ち上げ始めた。
円の外側守護は「てっきり変な奴だったから、わざと股間を狙ったのかと思って。確認しちゃったよ。君も瞬時に本質がはっきり視えるように鍛えなきゃダメだよ」などと要らんアドバイスと共にツリーハウスへと戻って行った。
大丈夫、もうあんなのと遭遇したくないし、したとしても次は関わらないで逃げるつもりだから。
エルル様
60
197
コメント
1件
めちゃくちゃ面白かった…!!😭✨ 敵がただの変質者じゃなくて“臓物美しいでしょ?”ってドヤるタイプの狂人で、しかも見た目が人間じゃないってオチが効いてて震えたわ…。主人公が呼ばれてからのテンポも良くて、いつも通り冷静でいて“最悪…”って呟くギャップが好きすぎる。守護たちのやりとりも絶妙で、最後の“股間”の衝撃、忘れられん…!次も絶対読む!📖💕