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「もう!なんですか!いい加減にしてください!」
紗奈《さな》は、叫ぶと、すっくと立ち上がった。
「兄様、姫君の所へ行きましょう!」
「え、紗奈、ちょっと、待ちなさい、お前、自分の言っていることが、わかっているのか?!」
「ええ、公達お二人よりは!」
「あ!ならば、お供いたします!」
正平《まさひら》が、爛々と目を輝かせている。
「もう!あなた様は、びりびりと、つきあってなされませ!」
「ん?紗奈や、やはり、背中びりびりは、おるのか?お前、知っているのかい?」
そんなもん、知りますかっ!とは、さすがの紗奈も言えず、いるかどうかもわからない、あやかし、とやらに、夢中になっている守孝に、呆れた。
「ですが!」
「なんですっ!びりびりっ!」
へっ?と、正平は、常春《つねはる》に、紗奈の叫びは自分へ向けたものかと、視線を送る。
常春は、大きく頷き、そして、
「とにかく、ぶしつけでは、ないですか?びりびりしたぐらいで、惚れたはれたと。本気ならば、物の順序というものを、守られなされ!」
と、正平を叱咤した。
行幸・行啓の供奉《ぐぶ》などを司どる役所に属する、右兵衛佐《うひょうのすけ》といえば、六位、または、それ以下であろうから、正平の位は、常春とほぼ同格。そして、妹を守るためでもある。多少、荒く扱っても、問題にはならないだろう。
「ははー!もっともで、ございます!兄上様!」
常春の、計算など、お構いなしで、正平は、やってくれた。
「あ、兄上だとっ!!!!」
「紗奈さまの兄上で、あらせられるのならば、兄上と、お呼びしなければ!!!」
さ、紗奈!紗奈は!あいつは、なんだと、常春は、取り乱した。
「兄様、やっぱり、この者は、びりびりですよ!ほおっておきましょう!」
「いや、待たれい!」
言うと同時に、正平は、懐から懐紙と携帯用の筆を取り出して、そのまま、思案している。
「正平様、何をなさりたいのです?」
挙動不審な、公達へ、紗奈が問いただす。
「恋の歌を。まずは、紗奈様へお送りしなければ。順序ですから!」
正平という男、どうやら、本気のようだ。
「紗奈、お前、どうする?」
「どうもこうも、歌一首送られたくらいで、しかも、酒の席ですよ」
確かに。妹の、しっかりした返事に、常春は、思うところあったのか、なぜか、守孝へ向き直る。
「……守孝様、お力をお借り出来ませんか?」
言われ、守孝は、おや?と、首を傾けた。
「……話を聞けるのは、いえ、何かと事情を知っているのは、なにも、姫君だけではございません。そのお相手ともいえる、家司《しつじほさ》も、同様。そして、男、でございます。我らが顔を合わせても差し支えない。守孝様、あなた様のそのお立場が、役立つのです」
ほおーと、守孝は、目を細めながら、常春に言う。
「つまり、姫君の事を、その、家司に問うと、そして、すべて、中将の気まぐれで、押し通すつもりなのだな?」
いやはや、人使いが荒いねぇ。と、守孝は、言いつつも、更に嬉しそうな顔をする。
「うん、そうだ、わざわざ、こちらが足を運ばなくとも、連れてくるという手があったなぁ」
「結局、守孝様は、珍しい話が、聞ければよろしい。私たちは、大納言家に、降りかかっていることが、知りたい、それだけの事」
続ける常春へ、守孝は、やや、口をとがらせると、
「なるほどねぇ、常春は、相変わらず、夢がないねぇー、奇っ怪な話というのは、酒のつまみに、ちょうど良いのに」
なあ、正平、そう、思わないか?と、新たな相棒に向かって、同意を求めた。
「いや、まあ、そうですけれど、では、守孝様は、紗奈様の事、本気ではないと言うことで?」
と、身を乗り出してくる。
「ん?紗奈か?本気もなにも、付き合いが長いからなあ。ほおっておく訳にもいかんだろうし?」
えっ!と、正平は、息を飲む。
「で、では、正平、最高の歌を、紗奈様に!!!」
なぜか、紗奈の取り合いが始まった。
結局、そこは、振り出しに戻ってしまったかと、常春、紗奈兄妹《きょうだい》は、顔をしかめた。