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こほん、と、常春《つねはる》が咳払いし、守孝《もりたか》へ、圧をかけた。
「はい、はい、家司《しつじほさ》を、呼べば良いのだろう?」
守孝が、おーい、誰ぞ、と、声をかけようとした瞬間、
「お待ちください!!」
と、正平《まさひら》が、制する。
なんだ?と、うっとうしげに、顔をしかめる守孝へ、正平は、
「家司、といっても、どなたか、お分かりなのですか?」
と、問うた。
確かに、これだけの屋敷になると、家司、の数も相当なものだろう。全員呼び寄せる訳にもいかず、さて、
「常春よ、その者の名を、存じておるのか?」
と、守孝が、常春へ、尋ねるのも当然のこと……。
「紗奈、お前、家司の名を知っているか?」
「いいえ、私も、秋時に、ふらち者の、つまり、権少将《ごんのしょうしょう》、藤隆《ふじたか》様が、いつものごとく、夜這いをこちらの姫君にかけようとした、それを、止めた家司、としか」
「……ああ、そうだったよなあ。そして、姫君の飼い猫が、その家司が、姫君の腹のややの父親だと、言ったから……なにやら、おかしな事だと、で、あってたかなぁ?紗奈?」
はい、そうだったはず……と、紗奈も、口ごもる。何しろ、色々ありすぎた。
記憶を辿ることすら、やや、困難になっていた。
そして──。
兄妹《きょうだい》は、守孝の、視線を浴びている。
「常春よ、なんだ?姫君の飼い猫とは?」
「あ、あ、それは、守近様が、献上された……」
「ほお、兄上が、で?」
「あ、いえ、それは……」
兄様、と、紗奈が、常春の袖を引っ張る。姫君の猫が、言った。つまり、喋ったと聞いた守孝ならば、なにか、こう、もっと弾けるはずなのに、前にいる御仁は、静かすぎた。否、常春を、試している。
「……守孝様は、御存じなのですね?」
紗奈が言った。
ははは、と、守孝は、高笑いし、さすがは、我が蹴鞠仲間だと、おどけてみせた。
「あ、あの?猫が?と、おっしゃいませんでした?守孝様!猫が、喋ったとは……!!」
ウンウン、唸りながら、紗奈へ、捧げる、最高の歌を詠んでいるはずの正平が、いきなり加わって来た。
「あーー!歌は、歌は!!どうなりました?正平様?私、待ち遠しいわ!そうだ!せっかくですもの、縁にて、月を見ながら、歌を吟じてくださいまし!」
言うがはやいか、紗奈は、兄へ、目配せし、膳を素早く取ると、正平を、房《へや》の外、広縁へ誘った。
「さあ、さあ、正平様」
紗奈の姿を追うように、正平は、気の抜けた顔で、ふらふらとついて行く。
「はあ、なんじゃ、あれは。しかし、さすが、紗奈じゃなあ。こちらのことなど、お見通しか……」
「まあ、時々、勘の鋭さを発揮する事はありますが……」
言葉を濁す常春へ、守孝は、
「おまえは、どこまで知っているのだ?」
と、真顔で尋ねた。
「流れ、だけです。どなたが、どのような、役割を果たしているのかは、存じあげませぬ。それゆえ、妹は、悪党に襲われかけ、御屋敷の裏方は、すでに悪に染まって。あなた様方の、思惑の為に、我らは、命すら危うくなった。真実を知りたいと思うのは、当然のことではありませぬか?」
静かだが、所々棘のある常春の物言いに、守孝は、つっと、顔を背けた。
「……お逃げになられる?それとも、ここ、内大臣様の御屋敷に、かくまわれる?」
なお続く、挑発的な常春の言葉に、
「それは、違うぞ。私も、困っておるのだよ」
守孝は、心細げに答えた。