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第十一話:灰燼の記憶と、正妻の誓い

玉藻の膝の上で、僕は自らの宿命の重さを、その柔らかな指先の感触と共に反芻していた。

寝所に満ちた三色の妖光は、僕たちの影を複雑に壁へと投影している。玉藻は僕の角をなぞりながら、慈しむような、それでいて獲物の品定めをするような妖艶な微笑みを浮かべ、この「朧月館」がなぜここまで静まり返り、朽ちる寸前まで追い込まれていたのか……その血塗られた歴史を語り始めた。

「……よいか、あるじよ。この宿がかつて、万魔の集う黄金の都と呼ばれていた頃の話をしよう。現世と隠り世(かくりよ)の狭間に建つこの『朧月館』は、かつては溢れんばかりの霊力に満ち、あやかしたちはその一滴を求めて、この門を叩くことさえ誇りとしていたのじゃ」

玉藻の語る真実は、僕の想像を絶する、残酷な衰退の物語だった。

あやかしは、放っておけば現世の「合理」という光に焼かれ、人々の記憶から消えると共にその存在も霧散する。この宿は、そんな彼らが最期に逃げ込む「魂の肺」だったのだ。

「だが、先代のあるじ……お主の前にこの座に就いていた人間は、あやかしたちの愛執に耐えきれず、狂ってしもうた。あやかしたちは貪欲じゃ。主の霊力を、その精を、魂を、最後の一片まで啜ろうと群がった。……先代は、枯れ木のように干からび、ある夜、この宿から逃げ出したのじゃよ」

玉藻の黄金の瞳が、暗い愉悦を孕んで細められた。その眼差しは、枯れ果てた大地が雨を求めるような、根源的な飢えを映し出していた。

「心臓を失った宿は、そこから急速に腐り始めた。霊力は枯渇し、住まう者たちは互いの妖力を喰らい合い、力なき者は霧となって消えた。……お凛も、小雪も、そして妾でさえもな、己の形を保つために、この冷え切った廊下でただ死を待つ日々を過ごしておった。宿が寂れたのではない。……主を失ったことで、この場所は『巨大な墓場』へと変貌していたのじゃ」

お主が現れるまではな、と玉藻は僕の首筋に熱い吐息を吹きかける。

「お主は、無限の霊力を生み出す生きた源泉。お主がこの宿で呼吸をし、妾たちと肌を合わせるたび、その芳醇な霊力が大気に溶け、死に体だった宿の柱一本一本にまで、再び命の拍動が戻っていく。……お主こそが、この墓場を再び極楽へと変える唯一の鍵なのじゃ」

つまり、僕は彼らにとっての「食事」であり、同時に存在を全うさせるための「神」なのだ。

お凛や小雪、そして玉藻さえもが、僕という源泉がなければ、やがては風に消える幻に過ぎない。

だが、その役割を聞いて、僕はふと、背後に控える二人――お凛と小雪の存在を思い出した。

「僕が『王』なら、彼女たちは……。彼女たちも、この宿を支えるために必要なんだろう?」

僕が言葉を発し終える前に、部屋の空気が一変した。

玉藻の九本の尾が、まるで意思を持つ壁のように僕と彼女たちの間を遮断したのだ。その尾の一本一本が、鋭い威嚇の波動を放ち、畳を焦がさんばかりの妖気を振りまいている。

「……勘違いするなよ、あるじ。お凛や小雪は、あくまでお主を癒やし、宿の隅々を掃除するための『道具』に過ぎぬ。宿が寂れていた間、妾がどれほどの思いでお主の降臨を待ちわび、結界を繋ぎ止めていたと思うておる? お主を支え、その隣に座り、あるじの正気を繋ぎ止める権利を持つ『正妻』は、古の時より大妖として君臨するこの妾一人だけじゃ」

玉藻の声は、先ほどまでの慈愛が嘘のように、冷徹な独占欲に満ちていた。

背後で、お凛が不満げに喉を鳴らし、鋭い爪で柱をガリリと削る音が聞こえる。

「玉藻様、それはあまりに横暴だにゃ! 宿をここまで持たせたのは玉藻様かもしれないけど、旦那様を退屈させずに喜ばせるのは、お凛の方が得意かもしれないんだにゃ!」

「……私も。……隣……。……雪は、……溶けない……。……冷たさも、……必要……」

小雪の静かな、しかし確かな拒絶の冷気が足元を凍らせ、部屋の隅に霜の花を咲かせる。

二人のあやかしもまた、宿の再興という大義名分を隠れ蓑に、僕という「王」の隣を、そして僕が放つ三色の霊力を、一歩も譲る気はないようだった。

だが、玉藻はふんと鼻で笑い、僕の首筋に深々と顔を埋め、自らの匂いを上書きするように強く吸い付いた。

「黙れ、端女ども。お主らにあるじの霊力の『毒』が抜けるか? お主らの細い器で、三色の覚醒を受け止めきれるか? 三色の霊力は、かつてのあるじ達が持っていたものより遥かに濃密で強大じゃ。妾ほどの格がなければ、お主らなど一晩であるじの霊力に中から焼き尽くされ、抜け殻になるのが関の山よ。……このあるじを真に導き、その狂気を制御できるのは、九尾の誇りにかけて妾しかおらぬ。お主らは、妾が食べ残した霊力を、隅の方で啜っておればよいのじゃ」

玉藻は僕の腕を強く引き寄せ、自らの豊かな胸へと押し付けた。

それは、他の女(あやかし)たちに向けた苛烈な宣戦告告だった。彼女にとって、僕は宿のあるじである以上に、誰にも、何ものにも譲ることのできない「唯一無二のつがい」なのだ。

「……よいか、あるじよ。今この瞬間も、お主の霊力は宿の深層へと染み渡っておる。まずは、朽ち果てた庭園と、枯れ果てた大浴場を蘇らせるのじゃ。そのためには……妾との深い、深い『繋がりの儀式』が必要不可欠。お主のすべてを、妾の中に注ぎ込み、宿の血脈を呼び覚ますのじゃ」

玉藻の微笑みは、この世のものとは思えないほど美しく、そして、逃げ場のない狂気に満ちていた。

三色の角が、彼女の嫉妬の炎に呼応するように赤く、鋭く光る。

「……さあ、あるじ。復興の第一歩じゃ。妾の隣に立ち、この宿が再びあやかしたちの憧憬の的となるよう、共に歩もうぞ。妾を満足させてくれるなら……宿を飾る、極上の美しさを取り戻してやろう」

玉藻は僕の手を強く引き、立ち上がった。

かつての栄華を取り戻すための、長い、しかし甘美な戦いがここから始まる。

妖狐の寵愛と百鬼の契り

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