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「……よりにもよって!」
野口のおばは、怒りから、顔を歪めきる。ギリギリと歯軋りの音が聞こえそうなそれは、月子にとって居心地の悪いものだった。
おばが言わんとする事はわかっていた。
この怒りは、数日前の日曜日、月子が医者を呼んでしまった事が原因なのだ。
母の熱が下がらなかった。おまけに酷く咳き込んだ。
満亡き後、親子は、離れから、庭の隅にある蔵に移され、閉じ込められるに等しい状態で住まわされている。
離れとはいえ、母屋に続く部屋に、病人は置けないという理由からだった。
暗く、風通しが悪い、埃っぽい蔵では、当然、母の病は悪化していく。
そして、母は、今までにない高熱と咳を発症した。
気が動転した月子は、医者を呼んで欲しいと、女中頭に頼み込む。
そんな、勝手なことはできる、できないと、裏方で、言い争いに発展したのが、いけなかった。
騒ぎが、表へ漏れてしまったのだ。
その日、屋敷の表側では、義理の姉、佐紀子の見合いが行われていた。
満亡き後、実子の佐紀子が跡を継ぐことになるのだが、いかんせん、女。
そこで、婿を取ろうと、満の喪が開けた今を見計らい、見合い話が持ち込まれていた。まさに、その当日のこと。
「めでたい席で、医者だなんだと!お陰で、西条の家に、病人がいると分かってしまった!それも、胸を患っているとっ!!」
野口のおばが、月子へ、苛立ちをぶつけてくる。
相手の手前、使用人が調子を崩したことにして、医者を呼んだが、月子の母の具合はあまり芳しいものではなかった。医者は、茅ヶ崎にある、専門の療養所療養での治療を勧めてきた。
とにかく、佐紀子の見合い中に騒ぎを起こしてしまったのが不味かった。
以来、親子の食事の量は減らされ、月子には、力仕事ばかりが与えられ、と、嫌がらせが増えた。
西条家から出ていくように仕向けられているのだと、月子も感じていた。
皆で追い出したと、世間に分かってしまえば、これまた、都合が悪い。月子親子が、自ら出ていったなら、止めたにも関わらず、などと良い顔を売れる。
ここには、これ以上居られない。しかし、出ていこうにも、寝たきりの母を抱えていては……。何より、暮らし向きに必要な、金銭の問題もある。
せめて、もう少し、母の容態が落ち着いて、動かせられるようになるまで……。そうしたら、母を療養所で養生させ、住み込みの女中か何か仕事を見つけよう。
月子は、自分に言い聞かせながら、仕向けられる仕打ちに耐えていた。
そして、今、とどめとばかりに、野口のおばが、怒鳴りこんで来ている──。
「おば様、いらしてたの……」
障子の向こう側、廊下から可憐な声が流れて来た。
すうっと、障子が開き、月子の義理の姉、佐紀子が姿を見せる。