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#恋愛
ばたっちゅ
20,605
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meyu0530
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◇
あれは俺が七歳のとき。箱根に新しく神花リゾートのホテルがオープンし、その祝賀会についていった先で緋真に出会った。祝賀会と言っても当時子供だった俺には退屈な行事でしかない。社長である父は挨拶回りで忙しく、母はまだ赤ん坊だった弟に付きっきり。そのため、俺は会場で暇を持て余していた。
大人たちが作り笑いを浮かべるのを横目に見ながら歩いていると、前から走ってきた何かにぶつかる。それは小さい女の子で、あろうことか俺の目の前で尻もちをついてしまった。
「い、たい……」
「ごめん、大丈夫?」
すかさず手を出すと、少女がクリクリとした目を丸くしている。ふわふわの水色のチュールワンピースに白い肌が浮かんで、一瞬妖精かと思ってしまった。
この子は確か――
「ひさな」
こちらから尋ねる前に、少女が名乗る。父の部下である椹沢さんの娘だった。
「ひさなちゃん。おれはいおりだけど……」
「知ってる。さっきお父さんが教えてくれた」
「そっか……会場で走ったらあぶないよ」
「ごめんなさい」
言いながら、俺の手を取ることなく自力で立ち上がる。
三つ下とは聞いていたが、あまりにもしっかりしている子だなというのが第一印象だった。
「お父さんたちは?」
「二人とも忙しいから、近くにいればいいって……」
ああ、この子も退屈なんだな。
それでもって、親に気を使っているのだ。
その頃の俺は、弟ができたこともあり、なんとなく“兄”をしたくて、彼女に対しても面倒を見なきゃという気持ちがあったのだと思う。
それもあって「じゃあ一緒に遊ぼうか」と声をかけたら、小さい緋真はこくりと頷いた。
もちろん遊ぶといっても会場内では限られていて、彼女が退屈しないようにいろんな話を投げかけてみた。何を話したかまでは今となっては覚えていないけれど、あまり期待した言葉が返ってこなかったことだけは覚えている。
そして、ひとつだけ食いついた質問があったことにも。
「じゃあ、好きな食べ物は?」
「ここで食べたごはん、ぜーんぶ美味しかった」
「全部?」
「うん、だからお家でも食べたいんだけど、あんなにたくさんどうやって作ってるんだろう……あのお皿、ひさなの家のお鍋より大きいのに」
そう言ってビュッフェボードの上を指す。
急に饒舌に話し出したことで、この話題が彼女のど真ん中に入ったと幼いながらに気付いた。
「……じゃあ、見てみる? おれ厨房の場所知ってるよ」
「ちゅう、ぼ……?」
「シェフが料理を作ってるところ。見てみたい?」
自分だって会場から出ないようにと言われているくせに、つい得意げになって尋ねてみた。こんなことも知ってるんだ、っていう子供ならではの自慢だ。しかしながら緋真は目を爛々とさせて「みたい!」と身を乗り出してきたものだから、もう後には引けなかった。そしてその笑顔があまりに可愛くて、柄にもなくドキッとしたのだ。
◇
大人たちの目を盗んで会場を抜け出すのは、想像以上に簡単だった。関係者ばかりが集まるホテル内、多少好き勝手しても問題ないと、気が緩んでいたのかもしれない。
「見つかると危ないから」なんて言って、彼女の手を引いてホテルの厨房へと向かう。場所を知っていると言ったのは建前で、正確にはどこにあるかわからなかった。それでもビュッフェテーブルが出てきた場所だけは幸い覚えていて、その方向へと進んでいった。
狙い通り厨房に潜り込んだ俺たちは、入口から忍び込んで中に身を潜める。
広すぎる厨房では、ホテルのシェフたちが忙しなく作業をしており、ここでも俺たちの存在に気付かれることはなかった。冷静に考えて、厨房に子供が入り込むなんて思いもしなかっただろう。
「わあ……すごい……」
隣を見ると、緋真が今日一番の輝いた表情で厨房の奥を見つめている。
カンカンと調理器具がぶつかる金属音、白い煙と共に燃え上がる炎、そこらじゅうに立ち込める食欲をそそる匂い……彼女にとってはすべてが新鮮なのだ。
「もっと近くで見る?」
「でも、怒られないかな……」
「大丈夫。こっそり行こう」
機材の合間を縫うように進み、近くの作業台のそばまでやってくる。ただただ彼女が喜ぶ顔が見たいとだけ願って、七歳の自分には当然ながらリスクなんて考えることができなかった。それでも、バレないうちにここから退散しなきゃいけない。後で両親に知られたら、怒られることはわかっていたから。
頃合いを見計らって「そろそろ戻ろう」と声をかければ、緋真は名残惜しそうで。もう少しだけ、と思っているうちに低い声が響き渡った。
「おい、君たち! 何してる!」
「っ……」
すぐに自分たちのことだとわかり、その場を駆け出す。そして、逃げることに夢中で気付いていなかった。走り出した先に、大きな鍋を移動させているシェフがいたことに。向こうも鍋のせいで、足元に子供がいるなんて夢にも思わなかったのだろう。
「うわっ!!」
低い男性の声が響いた瞬間、バシャッと何かが零れる音と共に熱い水しぶきが飛んでくる。追って何かが落下したような鈍い音に体を震わせて、咄嗟に目を瞑った。
すべては一瞬のことで、一体何が起きたのかわからない。
静まり返った時間はほんの一秒にも満たない。すぐに大人たちが慌てふためく声と、女の子の叫び声にも近い泣き声が厨房に響き渡った。
声の方へ視線を向けると、先ほどまで手をつないでいたはずの緋真の手が、なぜか地面にあった。そしてしばし考えて状況を理解する。彼女に鍋の中の熱湯がかかったのだと。
その後のことは、呆然としていてあまり覚えていない。大人たちがやってきて、緋真を取り囲み、彼女はしばらくしてやってきた救急隊員たちに運ばれて行った。俺は目の前の状況を理解するのに精一杯で、何もできなかったのだ。
後から普段滅多に怒らない父に怒鳴られ、母は生まれて初めて涙を見せた。
彼女は無事なのか。自分のせいで彼女が死んでしまったら、どうしよう。その時は申し訳なさと恐怖、いろんな感情が混じって、上手く息ができなかった。
幸い命に別状はなかったが、火傷の範囲と深さがひどく、皮膚移植を要する大がかりな手術となった。おそらく痕も消えないかもしれない、と。
当時は詳しいことはわからなかったが、自分が犯した罪がどれだけ重いかだけはわかった。今後何十年生きていく少女の体に、一生ものの傷を残してしまったのだ。償っても償いきれない。できることなら、自分が代わりたいと思った。
もしあの時、厨房に連れて行かなかったら、すぐに会場に戻っていたら、熱湯がかかったのが自分だったら……過ぎたたらればばかりを考えて、そんな自分に嫌気がさした。
コメント
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みぅです🤍🥀 第21話、読み終えました……。 七歳の伊織くんが、ただただ緋真ちゃんを喜ばせたくて厨房に連れて行ったんだなって、読んでて胸がぎゅってなった。あの場面の無邪気さと、その後の事故の対比が切なくて。自分が一生消えない傷を負わせたっていう罪悪感、まだ幼いのに「代わりたかった」って思うところ、重く伝わってきたよ。 今回のエピソードで、二人の過去が少しずつ見えてきて、これからの展開がもっと気になるな……。大事に読ませてもらいます🌙