「なあ、お前」
「な、何、何でしょうか」
「怪我、してねえか」
「け、怪我!?なんで?」
「その、あー、おしたお……ッチ」
「やめて、なんで舌打ちしたの!?」
押し倒されたのは、押し倒されたし、アルベドが助けてくれなかったら、あのまま……と、今になって恐怖がやってきた。身震いし、私は両手で身体を包み込むように抱きしめる。本当に、助けられてばかりだな、と私はアルベドの顔を見ることが出来なかった。
でも、なんで私に声をかけたんだろうか。彼は、記憶が無いはずなのに。それに、彼の好感度のロックは外れていないようだった。
「とにかく……!大丈夫だったかって聞いてんだよ」
「え、ええ……アンタのおかげで助かった、から。その、感謝してる。ありがとう」
「おう」
アルベドはそう、ぶっきらぼうに返して、また視線を逸らしてしまう。何だか、様子が可笑しいな、なんて顔を覗き込めば、「見るな」なんて言ってくる。本当にどうかしていると思った。だって、まだ出会って二回目で……
「お前、あれだよな……聖女歓迎パーティーのときいた、貴族もどき」
「平民だし。貴族じゃないわよ」
「……」
「何よ」
「あー、だよな、あー」
「だから、何!」
何が言いたいのかさっぱり分からなくて、詰め寄れば、アルベドは、一歩、二歩と、私か近付くたびに後ろに下がって行く。アルベドが女慣れしていない、なんて話し聞いたことがない。まあ、女性関係の話題を一つも聞いたことがないんだけど。
まあ、それは良いとして、どうすれば、彼の好感度を出現させることが出来るのか、私はそっちの方が気になった。こんなチャンス二度とないかも知れない。だから、アルベドの好感度を上げて、記憶を取り戻さないと……と。
「探してたんだぞ」
「はい?」
「だから、お前の事探してたって言ってんだよ。こんな所にいるって知らなかったけどな……ただ、なんつーか」
「さっきから、なんでそんなに言葉を濁すわけ?」
「俺だって、何て言えば良いかわかんねえんだよ!」
「逆ギレ!?」
何で、私が怒られなければならなかったのか、分からなかった。彼が何にそんなに気をたてているのか、言葉を濁すのか、理由なんてさっぱり分からない。というか、いつだって、アルベドの事は分からないでいた。私の為に色々してくれたことは覚えているんだけれど、それでも、はっきりと伝えつつ、大事なところは察してくれみたいな……
(違う、言わない。大事なことは、言わないでいた)
好きだって言ってくれたけれど、告白の言葉は聞いていない。しっかりと聞いたのは、リースと、グランツだけだ。いや、告白して欲しいわけじゃないし、されても、私にはリースがいるからって断るんだけど。問題はそこじゃなくて、本当に何でアルベドが、こんな悶々と一人百面相しているのかについて。
私が、睨むようにアルベドを見れば、彼はまた満月の瞳を私から逸らして、頭をかいていた。耳が赤くなっている。彼がこんな態度をとるって言うことは、照れているってこと。
(照れる要素は何処!?)
何で照れているのか分からない。もう、本当に何も分からないのだ。
もしかして、このステラの容姿がよすぎて、一目惚れしたというのだろうか。そう言うことも考えられなくはないのだ。だって、可愛いし。自分でいうのもあれだけど。
(え、え、アルベドが恋しちゃったってこと!?)
そんな、失礼な妄想をして、アルベドを見れば、「何だよ」とドスのきいた、でもだんだんか細くなっていく声で睨まれた。
「いや、照れてるのかなって……じゃなくて、何で私は、その敬語じゃなくていいのかなとか思って」
「ああ?今更だろ」
「今更って」
「あのパーティーの夜も、お前はいきなり喋りかけてきたし、敬語なんてはじめから意識してなかっただろ。俺の事もしてってよぉ……別に、俺はいいけどよ。なんつーか、その……言葉にするのが難しいな」
「うん?」
「まあ、お前に敬語で喋られるの、距離とられているみたいで嫌だ……って、思うんだよ。そりゃ、そこら辺の野郎が、俺が貴族だって分かってて敬語使わなかったらぶん殴るけどな。不敬罪な」
「不敬罪……」
「まあ、んなことどうでもいいんだよ」
そう言うと、アルベドは先ほどとは違って、私の顔を覗き込むように、近づけてきた。満月の瞳に見つめられれば、石化したように動けなくなる。いきなり距離をつめてきたもので、その唇が当たりそうになる。けれど、動けず、動いたら逆に当たってしまいそうで、私は唇を内側へ引っ込めた。
「ち、近い。何!?」
「きれいなかおしてんなあって思って」
「き、綺麗っ!?アンタ、頭可笑しくなったんじゃないの!?」
ようやく、身体が動かせるようになって、彼の胸板を押すがびくともせず、逆に、顎を捕まれ、上を向かせられてしまう。こんなのイケメンにしか許されない。いや、イケメンだけども。
(私には、リースがいるのに!)
心の中でそう叫び、ぷるぷると震えていれば、次の瞬間、掴んでいた手が、私の頬をむぎゅっと握りつぶした。
「んぎゃ」
「間抜け面」
「あ、あんひゃ、なにがしひゃいのよ」
潰されたまま喋れば、アルベドはプッと吹き出してから手を離す。本当に、何がしたいのかよく分からなかった。そんな真意の分からない行動を続けていれば、家の中からモアンさんが出てきて、私とアルベドを交互に見た。
「モアンさん」
「す、ステラっ」
駆け寄ってきたモアンさんは倒れそうで、私は彼女の身体を支えた。まあ、驚くのも無理ないと思う。モアンさんだって、アルベドの事ぐらいは知っているだろう。そんな、有名な貴族を目の前にして、平気でいられるわけが無い。そう思っていたのだが、モアンさんは、アルベドを見るなり、何かを思い出したかのようにハッと顔を上げた。
「アルベルト・レイ公爵子息様。お久しぶりです」
「え、モアンさん、アルベドと知り合い!?」
今度は私が、アルベドとモアンさんを交互に見て、信じられないがあまり、口を手で覆う。何処で、どんな接点があったんだと、聞きたかったが、モアンさんが何だが、息子でも見るような顔で、アルベドを見ていたので、これは何かあると、黙っていることにした。下手に口を出せる雰囲気じゃない。
「ああ、お久しぶりだな。モアンさん、だっけな?何年ぶりか。覚えていてくれたんだな」
アルベドはそう言うとフッと笑って、モアンさんに挨拶をする。ますます、二人の関係が分からなくなり、食い入るように見ていれば、モアンさんが口を開いた。
「アンタも知っているかも知れないけれど、レイ公爵子息様、アルベルト・レイ様。昔ね、魔物の毒にやられたグランツを助けてくれた恩人なんだよ」
「グランツ……魔物、恩人……恩人!?」
渋滞した情報に私は頭が追いつけず、アルベドを二度見した。アルベドは、その通りだと、一度頷いて、それから少しだけ目線を下げた。
(グランツを助けた?それって、またグランツが知ったら怒るんじゃない?)
「も、モアンさん、その話は、グランツには……」
「していないよ。アルベド様に内緒にしていてくれって言われてるからね」
「守っていてくれたんだな。まあ、バレたら彼奴、俺を殺す勢いで迫ってくるだろうしな」
「とんでもないです。グランツがもしこの事実を知ったら」
「いや、怒る、気がする……」
私は、聞えないくらい小さな声でそう言った。アルベドにはちゃんと聞えていたみたいで、「だな」なんて、賛同の声を漏らしていた。聞いていたの? と、アルベドを見れば、彼の瞳とがっちり目が合って、思わず逸らしてしまった。アルベドは呆れたように肩をすくめ、話は変わるが、といわんばかりに口を開いた。
「んで、久しぶりに会ったところ、悪いんだけどさ。モアンさん。此奴……えーっと、ステラだったか。此奴を、連れて行っても構わねえか?」
アルベドは、ちょい、と指を指した。一瞬言われたことが分からなかったけれど、自分なりに咀嚼し、頭の中で並び替えて、ようやく私は声を上げることが出来た。
「は、はい――!?」