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「ステラを、ですか?何故……?」
「ほ、ほんと何でよ!?」
指さされて、物扱い……じゃないけれど、そんな此奴を嫁に貰う! みたいな、乗りで言わないで欲しい。何を言っているか理解している……のだろうけれど、話が唐突すぎる。だって、今の私はただの平民で、魔法は使えるけど、魔法が使えることを隠していてそれで……
アルベドの方を見れば、ニヤリと口角を上げて、思い通りにいっている、みたいな顔をしているし、わけが分からない。モアンさんに助けを求めようと思っても、モアンさんもフリーズしてしまって、ポカンと口を開けている。誰も、私の味方になってくれる人はいなかった。
「お前はいいよな?ステラ」
「い、いいわけ……」
「ステラ」
「モアンさん」
名前を呼ばれ、振返ればモアンさんが何だか寂しそうな顔で私を見ていた。私が、ここからいなくなってしまったら、またモアンさん達は二人きりになってしまう。私のことを、娘のように可愛がってくれた数週間。その数週間で、私もモアンさんとシラソルさんに情が湧いてきた。愛されたことがなかったから、年上からの愛情に心地よさを感じていた。自分の親がこうだったら、なんては思わなかったけれど、家族の形として、これも一つありなんじゃないかなとか思った。母親と娘か、といわれたら、どちらかと言えば、祖母と孫、みたいな関係だったかも知れない。けれど、そこには確かな温もりと愛情があった。
(そうか、私、ここを離れたくないのかも)
本来の目的を忘れるほどに、この生活に私は満足していた。多幸感に包まれて、このままでいいと何度も思ってしまった。平和だし……まあ、さっきのはあれだったけど、それまでは、別に裕福ではないけれど、それなりの暮らしが出来て、明日も保証されていて、温かいベッドで寝られて、人と話せて。普通の生活をしていた。
もうこのままでいいんじゃないかって、誘惑されているような気さえしたのに、それすら気にならなくなっていた。そんな、優しくしてくれている人達に向かって誘惑だなんて酷い話だけれど、それでも、私がここに戻ってきた目的は、そんなそこにある日常を欲してじゃなくて、私がいた、私と皆がいたあの世界を取り戻すため。怒りと殺意が滲んで、どうしようもなく苦しくて、寂しくて、消えそうだったあの思いが、心の火が消えていないから。私は、ここに戻ってきた。あんな終わり方、私は認めたくなかったから。好きな人を、奪われて、黙っていられなかったから。
(そう……私は、そのために戻ってきたのに……)
すぐに決められるわけじゃなかった。この生活を続けながら、攻略を進めていければいい、なんて甘い考えを持っていた。それも事実で。でもこのチャンスはやっぱり逃すわけにはいかない。受け身のままじゃダメだって言うの、知っていたはずだから。
「モアンさん、ごめんなさい。私、アルベド……アルベド様について行きます」
「そう、そうかい……」
「でも、心配しないでください。戻ってきますから」
眉を下げて、悲しむモアンさんの顔が見ていられなくて、私は彼女の手を握った。震えている彼女の手を優しく包み込んで、私はモアンさんに笑顔を向ける。モアンさんは、くしゃっと顔を可愛く歪めながら、私の手の中でギュッと手を握った。
戻ってくるつもりではいるけれど、戻ってこれるのがいつになるか。不安しかない。でも、口約束だったとしても、これは守らなければと思った。
「シラソルさんにも挨拶をさせてください」
「いいや、大丈夫だよ。じいさんは、私より涙もろいんだ。だから、伝えておくよ」
「でも」
「大丈夫。だって、またステラは戻ってきてくれるんだろ?それまで、待ってるから」
「……」
それでいいのか、と私は思ってしまった。挨拶ぐらいさせて欲しいのだけど、モアンさんは、シラソルさんの事を思って、大丈夫だと言った。二人の間にしか分からないものがあるんだろうな、と私は思いながらアルベドへと視線を移す。彼は、別に顔色一つ、表情一つ変えていなかった。別に何とも思っていないんだろう。けれど、平民の暮らしについて、そこまで詳しくないのかも知れない。貴族……それも、上級貴族であるアルベドが、平民のことを全て理解しているとは思わないし……努力はするだろうけれど、人のことを全て理解するのは不可能だ。
ラオシュー子爵を追い払ってくれたところを見ると、それなりに、平民のことを思っているのだろうけれど。
「いきたくねえなら別にいいぞ?」
「え、いや……そんなこと言ってないじゃない」
「お前の顔は、ここから離れたくねえって顔してる」
「煩い。どっちなの」
そんなこと言われたら揺らぐ。
気にかけてくれているんだろうなって分かった。その気遣いはありがたいけれど、私は目をそらしちゃいけない現実がある。そこから逃げたら、もう終わりだと思っている。
(泣かないの、バカ)
私は、目元を擦って顔を上げる。短い髪が風に揺れるのを感じ、私は咄嗟に抑える。前はもっと長かった。けれど、断罪の日、私の髪は切られてしまった。罪人だって……美しいあの銀色は、もう私のものじゃないと。
取り戻さなきゃ。
「決めたことだから、大丈夫」
「本当に強いな」
アルベドは、嫌味ではなく、本当に純粋にそう言うと、私の頭を撫でた。ちょうど良い肘置きみたいな風に思っていないか疑わしい。まあ、それは良いとして、私は一度決めたことはやり遂げようと思う。それに、世界が元通りになるとしても、もし、願っていいのなら、あの世界で出来なかったことを、成し遂げたい。時間がかかるとしても。
それに、やらなければならないことはもっとある。災厄がまだこの世界を襲っていないにしろ、いずれくる。混沌を倒す倒さない問題も出てくるだろうけれど、私はもう一度会話したい。そしたら、変わるかも知れないから。
(……そのためには、ブライトとの接触が必要なのよね)
私は、その後モアンさんにもう一度旅立ちの挨拶をして、シラソルさんにもお元気にと伝えてくださいと、私は最低限の荷物を持って家を出た。あの、誰から送られてきたか分からないドレスと、モアンさんに貰ったオレンジのイヤリングを小さな鞄につめて。家を出れば、壁にもたれ掛っていたアルベドが私に気づいて微笑みかける。
「挨拶は出来たのかよ」
「出来たわよ。てか、どうやっていくき?」
「んなの、転移魔法に決まってんだろうが」
「コスパ悪いんじゃないの?」
私がそう聞くと、アルベドは何かを考えるように顎に当て「いや、問題ねえよ」と、私の手を取った。まあ、馬車で来ているわけじゃないんだから、公爵家にとぶ方法なんて一つしかないだろう。闇魔法の人間は、自分の転移も人の転移も出来る。まあ、人の魔力を使って抱けど。
私は彼の手を握り返す。魔力が吸い取られていくのを感じたけれど、うちから沸き上がってくる感覚もあって、全然苦痛じゃなかった。反発も起きないし、不思議な感覚だった。
「手、離すなよ?迷子になるからな」
「迷子になるって何よ」
そんなの初めて聞いた、と私がむすくれればアルベドはプッと吹き出して満月の瞳を輝かせる。その瞳にはちゃんと私がうつっていた。
(でも、まだ好感度の表示が出ていない……)
どうやったら、彼の好感度は表示されるというのだろうか。不思議に思いつつも、足下に出来た紅蓮の魔方陣に包まれ、私達の輪郭は薄くなっていく。久しぶりの転移魔法。というか、転移魔法を使って、色んなところに行けばよかった、と今更ながらに思った。これまで、受け身でいすぎた弊害。色々思うところはあったけれど、こうして、新たな接点が出来たことを私は素直に喜び、転移の瞬間、彼の手を強く握りしめた。